第39話 廃れた聖堂 その7

 

 開かずの扉を開けてしまったアストレイアとスプリングの二人。


「な、なんでぇ~」


 スプリングは目がウルウルしており、今にも泣きそうだ。


「おお! この部屋は入れそうですよ! お邪魔しまーす!」


 アストレイアは元気よく挨拶をして、スプリングを引きずりながら部屋に入る。

 部屋は殺風景で、周りには何もなく、中央に木製の大きな棺があるだけだ。


「明らかに怪しい棺ですねぇ。まるで開けろと言わんばかりに」


「開けなくていいから! もう出よう! もう出ましょうよアストレイアさん!」


「というわけで、頑張れ先輩!」


 ドーン、とアストレイアはスプリングを棺のほうへ突き飛ばす。突き飛ばされたスプリングはのけぞったまま棺へ触れてしまった。すると、選択肢を迫る画面が現れた。


『棺を開けますか? YES or NO』


 即座に『NO』を押すスプリング。しかし、再び画面が現れる。


『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』


「なんでだぁ! 無限ループじゃないか!」


 NOを押しても押しても画面が消えない。後ろに下がろうとしても透明な壁があって、棺から遠ざかることができない。


「諦めましょう!」


「イヤだ!」


 楽しげに言うアストレイアに叫び返して、無限ループに挑み続ける。


『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

『棺を開けますか? YES or NO』   『NO』

       ・

       ・

       ・


 スプリングが無限ループに挑み続けて十五分が経過した。スプリングは諦めることなく『NO』を押しまくる。


「先輩・・・諦めましょう」


 飽きた口調でアストレイアが言う。最初は怖がるスプリングを見て楽しんでいたのだが、流石に十五分もたてば飽きたようだ。


「まだまだ!」


 スプリングはまだ無限ループに挑み続ける。そして、また時間は流れる。


「先輩・・・そろそろ三十分ですよ。いい加減にやめましょうよ」


「絶対に嫌だ」


 三十分間ずっと無限ループに挑み続けているスプリングは諦めることはない。黙々とNOを押し続ける。

 また時間は流れる。挑み続けてちょうど一時間後。


 バーンッ!


 棺が内側から蓋が開けられた。内側の何者かが勢いよく蓋を持ち上げたのだ。蓋は飛び上がり、天井にぶつかって粉々に砕け散った。


「ひょえっ!」


 油断していたスプリングは盛大に驚き、咄嗟にバックステップしてアストレイアを庇う。震えながらもアストレイアの前に立ち、剣を構える。


「うーん。私を庇ってくれるのは格好いいですけど、恐怖で震えてますからね。微妙なところです」


 アストレイアは冷静にスプリングの行動を分析する。


「な、ななな何言ってるんだ!」


「今の私の心境です。ですが、先輩が可愛いので良しとしましょう」


「そそそそそ、そんな、ここここことよりあっちだろ!」


 スプリングは棺のほうを指さす。棺から骨と皮になった細い腕が伸びている。そして、ゆっくりと中にいたものが上体を上げて起き上がった。


「ふむ。ミイラ、でしょうか。純白のベールをつけていますね。それに着ているものもウエディングドレスのようです」


 アストレイアが起き上がったミイラを見て、冷静に観察する。ミイラはゆっくりと動き、棺の中で立ち上がる。


「ふむ。モンスター名は『新婦ブライドマミー』ですか。あぁ・・・ダメですよ。あんなにお肌が皺皺になって。ちゃんとお手入れしないとだめじゃないですか! それに髪の毛がカサカサのチリチリになってますし。トリートメントしないとだめです! 全く! お肌や髪はすぐ痛んじゃうんですから、気を付けないといけません!」


「レイアさん? 相手はミイラですから」


「ミイラでも女の子です! これだから男は・・・」


「あ・・・すいません」


 スプリングは思わず謝った。

 二人がやり取りしているうちに、ミイラはウエディングドレスの裾を持ち上げ、棺から出ようとするが、棺が思った以上に深く、棺から出ることができない。


「・・・・・ヴゥ・・・ヴァ・・・・ガハッ」


「棺から出たいんですか?」


 アストレイアの質問にゆっくりと頷く新婦ミイラ。アストレイアはスプリングを見ると命令する。


「先輩! 棺を壊しちゃってください!」


「なぜっ!」


「命令です! ゴー!」


「はいはい。『秘剣 燕返し』」


 アストレイアに調教済みのスプリングは、剣を構え素早く振る。目で追うことができないほどのスピードだ。腕が振り終わった後、一瞬間が空いて、ザンッと棺だけが細切れになり消滅する。新婦ブライドマミーには一切攻撃が当たっていない。新婦ブライドマミーはゆっくりと床に降り立って、二人を見る。


「あ゛・・・あ゛あ゛・・・が・・・」


「ひぃっ!」


「あ~。はいはい。先輩よしよし。それにしても皮と骨なのにどうやって動いて声を出してるんでしょう?」


 抱きついてきたスプリングの頭を撫でながら、アストレイアは冷静に新婦ブライドマミーを観察する。


「あ゛・・・・・・あ゛・・が・す・・・ゴホッゴホッ」


「何か言いたそうですね」


「どうでもいいですぅぅぅううう」


 スプリングはアストレイアの胸に顔を押し付ける。アストレイアは優しく彼の頭を撫でる。


「あ゛~~・・・あ゛ーー・・あ、ああーこほんこほん。ああ、あいうえお、かかかかかきくけこさしすせそたちつてと。あ~~~うっす、大丈夫っすかね」


 新婦ブライドマミーはかすれているが、急にちゃんとした言葉で話し出す。アストレイアとスプリングの二人は突然のことで言葉が出ない。そんな二人に向けて新婦ブライドマミーは言葉をかける。


「お二人さん! あたしを棺から出してくれてありがとっす!」


 そして、綺麗にお辞儀をした。

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