第36話 廃れた聖堂 その4

 

 アストレイアとスプリングの二人は聖堂の入り口に立っていた。スプリングがアストレイアの腕にしがみつき、ガタガタと震えている。


「さあ。行きましょうか!」


「ひぇ・・・」


 にこやかに告げるアストレイアにスプリングは言葉を返すことができない。体はブルブル震え、歯はガチガチと鳴っている。アストレイアはスプリングを引きずるようにして聖堂の中に入った。

 聖堂の中は暗く、呪われたように黒い靄が漂っている。椅子や装飾品がまるで壁や床に叩きつけられたように壊れ、散乱している。壁や床、天井にも所々赤黒いしみが飛び散っている。血だまりの跡もあるようだ。


「おー! いい雰囲気ですね!」


「どこがだ! 早く出よう!」


「いや~。出れますかね? こういう時は・・・」


 ギ、ギーーー! バタンッ!


「ひいっ!」


「お約束がつきものです」


 お約束通り、二人の背後で聖堂の扉が勢いよく閉まる。二人は何もしていない。


「閉じ込められました!」


 明るい声で楽しそうなアストレイア。スプリングは恐怖で言葉が出てこない。

 ふと、暗い聖堂の中に灯りがついて明るくなる。


「レイア、ありがと」


「ん? 私は何もしてませんよ?」


「・・・ということは」


 スプリングがギギギっと首を動かして明かりを見る。空中に漂う赤や青白い炎。


「人魂ですね!」


「もういやぁ・・・」


 ガサガサ ゴソゴソ ズルズル


 聖堂のあちらこちらから、何かを引きずる音がする。部屋の隅から腐った死体がゆっくりとした動きで二人に近づいてくる。ゾンビだ。他にも壁からレイスが飛び出し、ポルターガイストによって部屋のものが飛び散らかる。


 キャハ・・・キャハハハハハハ・・・ヒヒヒ


 不気味な女性の笑い声が響き渡る。


「レ、レレレレイイイ、レレレイア」


 スプリングはアストレイアにすがりつく。彼女は少し体を震わせながらアンデッドモンスターに攻撃していく。火魔法や聖魔法など放つ。しかし、一撃では倒さない。一体一体徐々に少しずつHPを削っていく。


「な、なんで倒さないの! レイアなら一撃で倒せるだろっ!」


 キャハハハハハハハハキャハハハキャキャキャ


 アストレイアはスプリングの恐怖の時間を引き延ばすかのように少しずつ少しずつ倒していった。

 アストレイアが全てのモンスターを倒し終わったのは15分後のことだった。スプリングはその間、彼女の腕にしがみつき、顔は引きつり涙がこぼれている。


 キャハハハハハハアハハハハハハキャキャキャ


「なんで! 全部倒したはずなのになんで笑い声は消えないんだ! もういや・・・レイアァ~」


「キャハ、あれ? 先輩どうしたんですか?」


 狂ったような甲高い笑い声が消えた。


「お、お前が笑ってたのかよ!」


「あ、バレました? 上手かったですか? いやー楽しくて楽しくて」


「もしかして・・・最初から?」


「はい。最初から全部私です」


「なんでそんなことするんだ!」


「私、ホラー見たら笑っちゃうんですよ。楽しくないですか?」


「楽しくない!」


「それに怖がる先輩が面白くてもっと怖がらせたくなりました」


「なっ! もうレイアなんか嫌いだ!」


 プイっとスプリングは顔をそむける。しかし、アストレイアから腕は離さない。スプリングの言葉を聞いたアストレイアが傷ついたように胸を押さえて崩れ落ちる。泣き出したように肩を震わせている。


「レ、レイア? 別に本当にき、嫌いになったわけじゃないんだからな! 嫌いになんかなってないからな! ・・・あれ?」


 スプリングはアストレイアを見ると何かがおかしい。


「レイア?」


「・・・うぅ・・・せ、せんぱいが・・・かわいすぎます。駄々をこねる先輩・・・いいです・・・ツンデレもいい・・・」 


 先ほど新たな扉を開いたアストレイアに、今のスプリングの態度が心にクリティカルヒットしたようだ。胸を押さえ、肩を震わせながら悶えている。


「レイアさん?」


「おっと失礼しました。つい先輩が可愛くて」


「可愛くてってなんだよ。それよりもここってどうにかならないのか?」


 モンスターを全て倒したとはいえ、まだ呪われたように禍々しい聖堂。いつまたアンデッドモンスターが出てきてもおかしくない。スプリングは怖くてビクビクしている。


「私は別にこのままでもいいですが」


「俺は嫌だ」


「しょうがないですねぇ。やるだけやってみましょう。聖域サンクチュアリ!」


 アストレイアが魔法を放つと、聖堂の部屋全体が白く輝き清められていく。広範囲聖魔法の浄化の光だ。禍々しい雰囲気が薄れていき、聖堂の神秘的な雰囲気に変わっていく。壊れた椅子や装飾品は元には戻らないが、全て浄化され、部屋が明るくなる。


「なあ?」


 部屋がすっかり浄化され、恐怖がなくなったスプリングはアストレイアに問いかける。


「何ですか?」


「これ使えばさっきのモンスター瞬殺だったよな? なぜ使わなかった?」


「それはもちろん、先輩の恐怖をできるだけ長引かせようと」


「レ~イ~ア~!」


「あんな雑魚相手にこんな高等魔法使わなくてもいいじゃないですか。それに、先輩なら一撃で倒せるんですし」


「・・・・・・そっか。俺が倒せばよかったのか」


「ちっ! 余計なことを言ってしまいました」


「まぁ、クエスト終わったんだし、どうでもいいか」


 スプリングの言葉にアストレイアはキョトンとしている。何言っているのだろうこの人は、という目でスプリングを見ている。そして、何か思いついたようにニヤリと笑う。スプリングはそんな彼女に気づかない。


「そうですね。先輩この部屋全部を浄化してしまったので、奥の礼拝堂チャペルを覗いて帰りませんか? とっても綺麗で見る価値があるらしいですよ」


「それもいいな。始まりの街にある聖堂とは違って、ここは厳かで静かで神秘的な場所だからな。期待しとこ」


「早く行きましょう! 先輩!」


 アストレイアはスプリングの腕を取り、引っ張っていく。スプリングは余裕を取り戻し、少し笑いながら彼女についていく。彼女の嗜虐的な笑みには気づかずに・・・・・・。


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