第35話 廃れた聖堂 その3
二人は聖堂の外で草むしりをしていた。
「あっ!」
ビクッ!
「薬草見つけました。・・・先輩後ろっ!」
ビクッ! バッ!
「何急に飛び上がって武器を構えてるんですか。そこに薬草があるので採ってください」
「レイアさぁん!」
スプリングが涙目になってアストレイアに抗議する。アストレイアは楽しくて楽しくてしょうがないような顔で笑っている。
「もう本っ当に可愛いですね先輩は」
「可愛くない!」
「そんなにおびえなくてもここではアンデッドは出ませんよ」
「ここでは? じゃあ中では・・・」
「はい! 沢山出ます!」
アストレイアはニコニコ笑顔だ。楽しそう。それに対し、スプリングは絶望している。
「なんでそんなことがわかるんだ!」
「さっき草むしりをサボっ・・・先輩に任せていた時に調べてみました。このクエスト『廃れた聖堂』は他のプレイヤーもしたことがあるみたいです。定期的の発生しているクエストですね」
「それで?」
「中では10~30レベルの雑魚アンデッドが沢山出るみたいです!」
「ひぃっ!」
「そして、最後の
「楽しくない!」
「それでそれで、途中には開かずの扉があるみたいです。どのパーティが試しても開かないんだとか・・・」
「もういやぁ・・・」
スプリングが涙目で落ち込む。そんな彼をアストレイアはどこか陶酔したように眺めている。
「あぁもぅ・・・先輩が可愛すぎです・・・。いつもはあんなかっこいい先輩がこんなに弱々しく泣きそうになってるなんて・・・。あぁ・・・癖になりそう」
アストレイアは唇を吊り上げ嗜虐的に、でも慈しんで母性溢れるような優しいまなざしでスプリングを見つめている。彼女の新しい扉が開いてしまったようだ。
「先輩。早く草むしりを終わらせましょうね。そうしたら早く家に帰れますよ。今日一日、いえ一週間くらいは私を好き放題していいですから。もちろん
「・・・今月いっぱい」
「わかりました。今月いっぱい私を好きにしていいですから、頑張りましょうね」
「・・・うん」
幼児退行したスプリングがアストレイアの母性溢れる心にクリティカルヒットする。アストレイアは撃ち抜かれたように胸を押さえ、崩れ落ちる。でも、スプリングから目を離さない。
「はぅ・・・。せ、せんぱい。わ、わたしはしばらく動けなさそうなので、一人で頑張れますか?」
「・・・うん、がんばる」
「はぁ・・・かわいい・・・あぁ・・・かわいいですせんぱい」
幼児退行したスプリングが黙々と草むしりをする中、アストレイアは見悶えて彼に恍惚とした表情で瞳をとろんと蕩けさせていた。
▼▼▼
二人は、というかスプリングが草むしりを終えた。あれからアストレイアは戦力にならず、ただスプリングを見つめて悶えていただけであった。
「くそっ! 騙された。早く帰れるように草むしり必死に頑張ったけど、草むしりが終わるってことは、これから地獄が待ってるということじゃないか!」
「あぁ。先輩が戻ってしまいました。可愛かったのに。でもこれからが天国です! パラダイスです!」
恐怖と絶望で震えるスプリングと歓喜で震えるアストレイア。二人の感情は全くの正反対だ。
「あぁもう! 言っておくが俺はこれから全く役に立たないからな!」
「いいですよ。先輩は私の後ろで、泣いて震えて叫んで怯えて怖がって幼児退行しちゃってください。敵は私が倒します」
「わかった。俺は泣いて震えて叫んで怯えて怖がって幼児退行しとく!」
なぜかかっこよく自慢げに言うスプリング。
「先輩。格好悪いセリフを格好よく言っても、格好いいだけなんですが」
「格好いいならいいんじゃないか?」
「・・・ダメだ。今日の先輩は壊れてます。後で先輩が恥ずかしくて悶える姿が待ち遠しいです。これから数カ月はこれで先輩をからかって遊べますね。非常に楽しみです」
アストレイアも今日は壊れているようだ。
「さて、そろそろアンデッドがたくさん出る呪われた聖堂に入りますか?」
「ちょ、ちょっと待って! 心の準備をさせてください!」
「少しくらいならいいですけど、どのくらいですか?」
「えっと・・・1ヵ月くらい?」
「このクエスト終わっちゃうじゃないですか!? 期限付きのクエストですよ!」
「終わってもいいじゃん!」
「ダメです! 何でもするって言ったじゃないですか!」
「あれはクエスト失敗したらの話だ」
「失敗・・・してもいいんですか?」
アストレイアがおずおずとスプリングに聞いてくる。
「ど、どうしたんだ急に?」
「あの・・・言わなかったんですが・・・クエスト失敗すると・・・物凄い数のアンデッドが湧いて出てきて、囲まれて群がられて襲われて貪り食われて、死に戻った後もしばらく付きまとわれるそうですよ」
「ひぃっ!」
「先輩がそれでいいならいいですけど」
「嫌です! クエスト進んでも地獄、途中で辞めても地獄じゃないか!?」
「まだあるんです」
アストレイアが申し訳なさそうに声を出す。
「な、なにぃっ! まだあるの!?」
スプリングは声を裏返して叫ぶ。アストレイアがニヤッと笑う。
「草むしりが終わってしばらく外にいると、聖堂の中から腐った手が伸びてきて引きずり込まれるそうですよ」
「な、なんで早く言わないんだ! 早く! 早く中に行くぞ!」
「では行きましょう!」
アストレイアがスプリングの腕を取って歩き出す。
「あっ。やっぱり待って」
アストレイアはスプリングを無視して引きずる。
「嫌だ。行きたくないです!」
アストレイアが立ち止まる。
「じゃあ、無理やり引きずり込まれますか? 呪われて腐敗した手に」
「・・・自分で歩きます」
スプリングはアストレイアに腕を掴まれたまま、彼女の嘘に気づくことなく、絶望しながらトボトボと歩いて行った。そんな彼を見るアストレイアの笑顔がとても輝いて素敵だった。
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