第30話 帰宅
「ん?」
春真は温かくて柔らかくていい香りがする抱き枕を抱きながら目が覚めた。
「知らない天井だ」
春真には見覚えのない天井、ベッド、部屋である。
「知っていたら驚きです」
抱き枕がしゃべった。慌てて抱き枕を見ると、それは抱き枕ではなく人だった。
「おはようございます、せーんぱい♡」
伶愛が春真を可愛らしく見つめていた。それを見て春真は急速に寝る前のことを思い出す。
「そういえば、ここは伶愛の家だったな」
「はい。先輩の寝顔は可愛かったですよ。写真撮って待ち受けにしたいくらいです」
「伶愛さん? その手に持っているのは何ですか?」
春真が伶愛が手に握っているものを見ながら言った。
「私のスマホです」
「写真は?」
「撮りました」
「待ち受けは?」
「しました」
伶愛が撮った写真を見せてくる。春真の寝顔と笑顔の伶愛が写ったツーショット写真だ。本当に待ち受けにされている。
「待ち受けにしないほうがよかったですか?」
「・・・バレるなよ」
「了解です」
「・・・あと、それ俺にも送ってくれ」
「了解です!」
伶愛はとても嬉しそうだ。
「今何時だ?」
「5時過ぎです」
「そろそろ帰らないとな。夏稀と雪がおなかすかせて倒れるから」
春真はベッドから名残惜しそうに立ち上がる。そして、脱がされたシャツ着て、ベルトをつける。
「先輩」
春真が振り向くと、伶愛はシーツを口元まで引き上げて、恥ずかしそうに目をウルウルさせていた。
「また、してもいいですか?」
「っ!? 昼寝! 昼寝な! 昼寝ならいつでもいいぞ!」
慌てている春真に、伶愛はにやりと笑みを浮かべる。
「先輩? 何を慌てているんですかぁ? 一体何を想像したんですかねぇ? ほら変態さん? 私に教えてくださいよ~」
ニヤニヤしてからかってくる伶愛も可愛い。でも、その余裕な顔を壊してやりたい。春真はカウンターを放つ。
「抱かれているお前」
春真のカウンターが決まった。伶愛の顔が爆発的に真っ赤になる。
「ちょっ! 何想像してるんですか! 別に言わなくていいです! 私の裸なんか勝手に想像しないでください!」
慌てている伶愛に、春真はにやりと笑みを浮かべる。
「あれ~? 何を慌てているんだ? 俺はお前を抱き枕にしてるのを想像したんだが? 今度は裸で抱き枕になってくれるのか?」
伶愛はシーツにくるまった。頭まで隠れている。
「おーい! 伶愛さーん!」
春真が呼びかけるが反応は帰ってこない。
「伶愛さーん。俺が悪かったから出てきてくださーい」
伶愛がシーツから出てきた。そして、ゆらりと春真の前に立つ。顔は下を向いたままで見えない。そんな彼女の口から笑い声が響いてきた。
「ふふふ・・・うふふふふふ。いいでしょう。先輩がそういうのなら下着姿にでも裸にでもなって抱き枕してやりますよ。ふふふ・・・今度覚悟しといてください!」
やけになって叫ぶ伶愛の目は本気だ。からかいすぎた。
「伶愛さーん? あれは冗談ですよー?」
「覚悟してください」
「冗談」
「覚悟しなさい」
「・・・はい」
伶愛に睨みつけられ、春真は大人しく従う。
二人は部屋から出て、愛華がいるであろうリビングに向かう。伶愛は春真の背中の服を摘まんでついてくる。リビングに入ると、キッチンで夕食を作っている愛華がいた。
「あら? もういいの? 春くん、伶愛はどうだった?」
愛華がニヤニヤしている。
「とても可愛かったですよ」
ドンッ。後ろから伶愛が背中を叩いてきた。
「それはよかったわ。今日はもう帰っちゃうの? 泊ってもいいのに」
「すみません。妹たちが空腹で倒れてしまうので」
「残念ね。また来てちょうだい。その時は夫もいると思うわ。今日はとても残念がっていたから」
そう言うと、愛華は車のカギが入っているバッグを持つとリビングから出ていく。
「いつものように送っていくわ。先にエンジンをかけてくるわね」
愛華はそそくさと玄関を出て行った。二人も玄関に向かう。玄関に向かえば向かうほど、春真の服が強く引っ張られる。
「帰っちゃダメです・・・」
玄関についた春真の背中に伶愛が抱きつく。
「伶愛・・・」
「先輩は帰っちゃダメなんです・・・」
「また来るから。それに今日もログインするんだろ? また会えるから」
「・・・いやです・・・」
春真は後ろを向き、伶愛を前から抱きしめる。伶愛も強く抱きしめ返す。
「・・・俺も・・・本当は帰りたくない」
「・・・知ってます」
「帰りたくないけど帰らないと・・・。いや、行ってくる、かな。すぐに向こうの俺たちの家に帰るから。そして、おかえりなさいって言ってくれ」
「・・・先輩がおかえりなさいって言って出迎えてくれてもいいんですよ」
「それでもいいが・・・先に帰った人がおかえりと言うってことで」
「・・・了解です」
二人は少し体を離す。そして、春真は伶愛の頬に軽く口付けする。
「・・・せんぱい・・・ここは唇にする
頬を赤く染めた伶愛が可愛く抗議をする。
「・・・ここで初めて唇を奪ってもいいのか?」
「・・・もっとロマンティックな場所で、一生記憶に残るほどしてください」
「・・・わかった」
二人は体を離す。春真は伶愛の頬を軽くひと撫でして、彼女の瞳をまっすぐ見つめながら言う。
「行ってくる」
春真が玄関のドアのほうを向き、ドアを開け始める。
「先輩!」
伶愛が春真の腕を引く。春真の体が半分だけ伶愛のほうを向く。伶愛の体が急に近づいたと思ったら、春真の頬に柔らかな感触があった。
「いってらっしゃい」
春真は背中を押され、玄関から出る。閉まっていくドアの隙間から、顔を真っ赤にした伶愛が可愛らしい笑顔で手を振っていた。
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