第19話 体育祭 後編

 

「さて春真。洗いざらい吐いてもらおうか」


 お昼休憩の教室。春真の周りに集まったクラスメイトを代表して志紀が言う。そして、尋問が始まった。


「東山伶愛は俺の妹の親友。それで少し面識があるだけだ」


 春真は必死に弁明する。


「そんなことはどうでもいいんだ! それよりも東山伶愛は軽かったか? 柔らかさは? 香りは? 抱きつかれたときの胸の感触は? 至近距離で見つめられたらどんな感じだ? 東山伶愛が家に遊びに来た時のことや一緒に買い物にいったときのことを事細かに詳細に答えろ!」


 そんなことかよ、と春真はため息をつくが、男たちの目が怖い。なぜか女子たちも興味津々だ。そんなクラスメイト達に向けて、春真は一言述べる。


「ノーコメントだ!」


 クラスメイト達の怒号が飛び交う。春真は揉みくちゃにされていると、教室に聞きなれた声が響いた。


「こんにちはー! 今、学校で一番有名なお兄ちゃんはいますかー?」


 クラスメイト達がざわめく。ドアのところで声をかけてきたのは春真の妹、夏稀だ。後ろに雪と伶愛もいる。三人ともお弁当を手にしている。春真の周りにいたクラスメイト達は左右に分かれた。春真にクラスメイト達の囁く声が聞こえてきた。


「あれは『The リトルシスター』だと! 我らの妹がなぜ?」

「それに『学園のマドンナ』もいるぞ」

「まて! もう一人後ろにだれかいるぞ!」

「なん・・・だと! 『学園の白雪姫スノープリンセス』だと!」

「藤村君、三人と知り合いなの?」


 騒めくクラスメイト達を気にせず、夏稀と雪と伶愛が春真に近づいてくる。


「やっほーお兄ちゃん。感想を聞きにきたぜ!」


「んっ、春にぃお姫様抱っこの感想を詳しく」


「すいませんお兄さん。ご迷惑をおかけしてます」


 三人に兄と呼ばせているだと!羨ましい!、という男子たちを春真は無視する。女子生徒たちが三人に声をかける。


「三人は藤村くんとどういう関係なの?」


「私は藤村春真お兄ちゃんのセフレです!」


「・・・私は藤村春真春にぃの愛人。・・・で、伶愛が正妻」


「あっはい! 正妻です・・・って、えぇ!」


 クラスにどよめきが走る。春真は頭を抱えた。伶愛は、私って正妻なんですか?、と目で聞いてくる。春真は伶愛に、気にするところはそこか!、と目で答える。

 男子たちに視線で殺されそうだ。だが、意外に女性から冷たかったり、蔑んだ目がない。


「藤村くんって顔は悪くないよね」

「勉強もできてスポーツもできる」

「三人を囲えるほどのお金と甲斐性もある・・・と」

「もしかして、優良物件?」

「私狙おうかな?」


 何かこそこそ喋ってチラチラ見てくる女子たちに首を傾げ、春真は騒ぎの元凶になった夏稀と雪に正義の鉄槌チョップを下す。


「嘘を言うな!」


「・・・春にぃ・・・いたい」


「痛ったー! デートDVだよ! デートでどこでもヴァイオレンスだよ! お兄ちゃん暴力は犯罪だよ!」


「ドメスティックヴァイオレンスだろ!? それに暴力じゃない。兄妹のスキンシップもしくは兄弟喧嘩だ」


 ふざけている夏稀に春真はもう一度、正義の鉄槌チョップを下した。


「はぁ。ちゃんとした自己紹介をしろ!」


「はーい。藤村夏稀。春真の実妹です」


「・・・加藤雪。春にぃと夏稀の幼馴染。・・・で、伶愛が春にぃの本命」


「東山伶愛です。二人の親友で、お兄さんの本命です・・・って、えぇ!」


 伶愛は、私って先輩の本命だったんですか?あぁ!本命でしたね、と目で言ってくる。春真は雪に正義の鉄槌チョップを下した。

 春真はため息をつく。そして、クラスが静まり返っているのに気付いた。そんな中、男子生徒を代表して志紀が春真に話しかけた。


「さ~て、ラノベ主人公藤村春真く~ん。警察署の取調室男子トイレまで来てもらおうか」


 ああ、俺死ぬかも・・・。シャーペンやハサミを持っている男子たちを見て、藤村春真は天を仰いだ。



 ▼▼▼



 体育祭が終わり、その夜、春真はWisdom Onlineにログインしていた。


「あ~づがれだ~」


 スプリングはホームのリビングにあるソファに横になる。

 昼休みの男子生徒たちからの拷も・・・尋問は根掘り葉掘り聞かれて、精神的ダメージを負った。まぁ、ノーコメントを連発したが。

 春真は今日は何もやる気が起きない。ソファに横になったまま、精神を回復させるため動画を見始める。数分して、寝室からアストレイアが出てきた。彼女もログインしてきたのだ。


「あ゛ああぁぁぁぁぁぁ」


 女の子が出してはいけない声を出している。彼女はゾンビのようなうめき声をあげながら、ゆっくりと体を引きずるようにスプリングが寝転ぶソファに近づいてきた。


「レイア、すごい声を出してるぞ。女の子が出しちゃいけないようなヤツ」


 スプリングはアストレイアに注意した。


「別にいいんですよ。先輩しかいませんし。先輩の前くらい素でいさせてくださいよ。それよりも、ソファからどいてください。私も横になりたいです」


 アストレイアはガシガシとスプリングを足で蹴ってくる。


「足癖悪いぞ」


「ああもう限界です」


 アストレイアはそう言うと、ソファで仰向けに寝ているスプリングの上にうつ伏せで乗っかった。そして、スプリングの胸に顔を押し付けてスリスリしている。スプリングは動画を見ながら彼女の頭を優しく撫でる。


「先輩何してるんですか?」


「ん? 今日の体育祭の動画見てる。・・・あっ! 今お前がダンスの振りつけ間違えた」


「ちょっと!? 何見てるんですか!? 盗撮!? 盗撮ですか!?」


 頭を撫でられていたアストレイアはガバッと顔をあげる。スプリングはそんな彼女にのんびりと言った。


「ん~? だって愛華さんが普通に送ってくれたから」


「おかあさ~ん! なにやってるの~~~~!」


 天井に向かってアストレイアは叫ぶ。そして、指でいろいろ操作を始める。母親に電話をかけるようだ。


「もしもしお母さん? なんで先輩に私の動画送ってるの! ・・・・・・いや、全然良くないから! ・・・・・・えっ? 先輩の動画もちゃんと撮った? お母さんグッジョブです! 今すぐ私に送って! ・・・・・今お母さんが見てる? いやどうでもいいから・・・先輩がかっこいい? 先輩がかっこいいのは当たり前じゃん。何を今さら・・・・・・え? お父さんにも見せるからまだ送れない? いやもっとどうでもいいから早く送って!・・・ああ、うん、先輩ならここにいるけど・・・・・・聞いてみる」


 母親と電話していたアストレイアがスプリングのほうを見て聞いてくる。


「先輩、今度またウチに来ないかってお母さんから。いつがいいとかあります?」


「うん? いつでもいいけど。言ってくれれば予定空けとくから」


「了解です。・・・もしもしお母さん? いつでもいいって・・・うん・・・・・はーい・・・・・・いやいや情事の真っ最中とかじゃないから・・・・・・いや孫とか・・・デキ婚学生婚オーケーとかじゃないから! まぁ私もオーケーだけど・・・・もう切るからね。先輩の動画早く送って! ・・・・・・うん、伝えとくね。じゃね」


 途中顔を赤くしたアストレイアが母親との電話を終了する。そして、スプリングに母親からの伝言を伝える。


「先輩、母から伝言です。日付送るので遊びに来てください、だそうです。あと、娘をよろしく、孫を早く見せて、だそうです。・・・なんかすいません」


「お、おう。相変わらずだな愛華さん・・・。今度お邪魔させてもらうよ。孫に関してはノーコメントで」


「うぅ・・・お父さんもお母さんも先輩のこと気に入ってるから・・・。はい! もうこの話終わり! 考えちゃダメです!」


 アストレイアは再びスプリングの胸にグリグリと顔を押し付ける。恥ずかしかったのだろう、耳まで赤い。そんな彼女をスプリングは優しく抱きしめる。


「先輩、命令決めましたか?」


 しばらくして、落ち着いたアストレイアがスプリングに問いかけてきた。


「命令? ああ、夏稀たちとの勝負の。まだだな」


 スプリングは妹たちと体育祭の団の順位で勝負をしていた。団の順位が高い人が低かった人に何でも命令できるという勝負だ。アストレイアこと伶愛と夏稀と雪の三人は紅団、スプリングこと春真は蒼団だった、結果は蒼団が2位で紅団が3位だった。春真は三人に命令する権利を手に入れたのだった。


「期限とかないし、ゆっくり決めるよ。とりあえず、命令ではないけど、今日はこのままレイアには抱き枕になってもらいます」


 自らの上に乗っているアストレイアの体温や柔らかさ、あまい香りを感じながら、スプリングはアストレイアをぎゅっと抱きしめた。


「それは賛成です。ですが抱き枕になるのは先輩のほうです」


 負けじとアストレイアもスプリングをぎゅっと抱きしめる。

 二人はログアウトするまでぎゅっと抱きしめ合っていた。

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