第18話 体育祭 中編

 

『それでは、借り者競争スタートです!』


 説明が終わり、競技が開始される。遠くに見える、選手が並んだ列を見ると伶愛は最後の組のようだ。


「去年これで公開告白して、盛大にフラれた男子の先輩がいたな」


 志紀が去年のことを思い出す。学校で有名な話だ。去年だけでなく、数年に一度公開告白が行われているという。春真は去年告白してフラれた先輩のその後を知らない。


「その先輩どうなったんだ?」


「3年生だったんだが、勉強に打ち込んで東大に合格したらしい」


「へー。すごいな」


「でも、まだ続きがあるんだよ。合格がわかった後、その女子の先輩から告白されたんだって」


「フラれた相手だよな? 手のひら返し?」


「そう。オーケーしたらしいけど」


「えぇ・・・」


 春真は呆れた声を出した。そんな女子は春真は嫌だ。でも、本人たちが良いならいっかと思い直す。

 そんな話をしながら競技を見ていると、あっという間に最後の伶愛の組になった。

 ピストルの音が鳴り、選手が走り出した。運動が苦手な伶愛は最下位だ。伶愛は最下位で100メートルを走り切り、テーブルに置かれたお題は残り一枚しかない。お題を見た伶愛の顔が一瞬固まり、蒼団のほうを見た。


 目が合った。


 春真は、遠くにいる伶愛と目があったと確信した。とても嫌な予感がする。


「えーっと、トイレ行こうかな」


 嫌な予感がしている春真はトイレに逃げようとする。伶愛が蒼団のほうへ向かって走り出した。


「急だな。この組、というか東山伶愛だけでも見てからでいいんじゃないか」


 急にトイレと言い始めた春真を志紀は遮る。そうこうするうちに、伶愛が蒼団の団席の前まで来てしまった。男子たちがソワソワし始める。

 伶愛は息を整えると、明らかに春真のほうを見ながら大きな声を出した。


「せんぱーーい! 私と一緒にきてくださーーーい!」


 春真は天を仰ぐ。お題は絶対春真に関することだ。しかし、春真の周りにいた2年生と3年生の男子たちがさっと立ち上がり、伶愛の下へ駆け寄っていく。そして伶愛はそんな男たちに囲まれた。伶愛は冷たい雰囲気で必死に断っていく。そんな中、一人の3年生が伶愛に近づき、声をかけた。


「さあ伶愛。俺と一緒に行こう!」


 春真は彼を見たことがあった。3年のサッカー部キャプテン。先日、伶愛に告白した人物だ。3年の先輩は伶愛の手を取ろうとする。伶愛はそれをさっと避け、冷たい声で言う。


「すみません。あなたではないんです」


 伶愛は春真のほうを向くと再び大声を出した。


「せんぱーーい! きこえてますよねー?」


 春真は知らん顔をして無視する。


「いつものように呼んだほうがいいですかー? 私と一緒に来てくださーーーい、お兄ちゃーーん・・・・・


 団席にどよめきが起きる。


「おいちょっと待て! わざと間違えんな! ・・・あっ!」


 春真は思わず立ち上がって伶愛に叫び返してしまった。周りの視線が痛い。背中に冷や汗をダラダラとかいている春真の耳に周囲の声が聞こえてきた。


「あいつ誰だ?」

「藤村がなんで?」

「東山さんにお兄ちゃんと呼ばさせているだと!?」

「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」


 男子生徒たちの怒りと恨みと憎しみと嫉妬が含まれた視線を受けながら、春真は渋々伶愛の下へ降りて行った。


「すみませんお兄さん。間違えました。というか聞こえてるなら返事してください。さあ一緒に行きましょう」


 伶愛の言葉に従い、伶愛の近くに集まった男子生徒の殺意を無視して春真は走り始める。走りながら伶愛にだけ聞こえる声で言う。


「伶愛。お前よくもやってくれたな!」


「先輩が素直に来ないのがいけないのです」


 伶愛は、表面上は猫を被った外行きの表情だが、口調だけは春真と二人きりのときの口調だ。


「俺の平穏をぶち壊しやがって!」


「いやー、先輩を巻き込めるお題を神様にお願いしてましたが、本当に当たりを引くとは。それに、私が告白とか大変な学校生活を送っているのに、先輩だけ平和に過ごすなんて卑怯です。よかったですね! 先輩も有名人ですよ!」


 春真を巻き込めて、伶愛はとても嬉しそうだ。


「・・・この魔王め!」


「魔王はあなたでしょう? 私は勇者です!」


 そんなやり取りをしていると、本部席前に置いてあるマイクの前に着いた。伶愛と春真の組は最後だ。近くにいた体育委員に伶愛がお題の紙を渡す。体育委員はマイクでグラウンドに向けてお題を発表する。


『えー、お題は「一番親しい異性」です! 説明を求めてもよろしいですか?』


 お題の内容に生徒たちがどよめく。男子から怒号が響き、女子からは黄色い歓声が上がる。伶愛はマイクを向けられる。


『はい。彼は私の親友のお兄さんです。お家に遊びに行ったとき、もてなしてくださったり、お買い物に行ったとき荷物を持ってくださったり、中学の頃からお世話になっています』


『ありがとうございます。それでは判定をお願いします。・・・全員オーケーです。次にお進みください!』


 あっさりとお題をクリアした二人はぐるぐるバットへと向かう。そして、15回グルグル回る。


「さてゴールに行くか。・・・っ!」


 15回回り終わり伶愛とゴールに行こうとしたとき、何かが体にぶつかってきた。咄嗟に抱きとめる。ぶつかってきたのは伶愛だった。


「おい! 大丈夫か?」


「大丈夫じゃないですぅ~。目が回って・・・。って先輩何してるんですか! 離してください! あっ! やっぱり離さないで!」


 目が回ってフラフラの伶愛は春真に抱きついているのがわかると、離れようとするが倒れそうになり、再び春真に抱きつく。抱き合っている二人に男子生徒たちからの憤怒の声と、女子生徒たちからの黄色い悲鳴が浴びせられる。伶愛はそれどころではない。


「はぁ。伶愛、俺の首に手を回せ」


「一体どうするんですか? きゃぁ!」


 訝しみながらも、素直に春真の首に腕を回した伶愛は、春真にお姫様抱っこされた。春真は伶愛を抱き上げたまま、ゴールに向かって歩き出す。生徒たちからの声が一層高まった。


「先輩良かったんですか?」


「いいんだよ。もう誰かさんに平穏を壊されたからな」


 目が回っており、焦点が合わず頭がフラフラしている伶愛が聞いてきたが、春真は素っ気なく答えた。


「そういえば先輩は何で目が回ってないんですか?」


「俺昔から目が回らないんだよな、なぜか。伶愛は大丈夫か?」


「大丈夫じゃないです。リアルチートの先輩と違って、私は回転系に弱いんです。まだ世界が回っています。世界が私中心に・・・・回っていますよ~」


「・・・結構余裕そうだな」


 そんな会話をしながら二人はゴールした。もちろん最下位だ。


「ゆっくり降ろすぞ」


 ゴールしたので春真は、抱き上げていた伶愛をゆっくりと降ろす。しかし、伶愛はまだ目が回っているようで、体がフラフラしており、そんな彼女を春真は支える。1年生の男子の体育委員が駆け寄ってきた。


「どうかされましたか?」


「ああ。こいつ回転に弱いみたいで、まだ目が回っているんだ」


 春真の言葉を聞いて、体育委員は春真の体にしがみついている伶愛を見る。そして、顔を真っ赤にしながら申し出た。


「あ、あの東山さん! もしよろしければ僕が運びます!」


「いえ、いいです。お兄さんにお願いするので。ということでお願いしますね、お兄さん」


 体育委員の提案を冷たい声でバッサリと斬る伶愛。そして、春真の首に手を回す。春真は固まっている体育委員に同情した目で一瞬見ると、伶愛を抱き上げ団席のほうに歩き出した。


「バッサリといったなぁ」


 体育委員に聞こえない距離になると春真は伶愛に話しかけた。


「いいんですよ。曖昧な態度を取っていると大変な目に遭いますから。それに、他の男性には興味ありませんし、勘違いされても困ります」


「そうだな」


 伶愛が中学の時に辛い目にあったことを知っている春真は優しい声を出した。


「先輩先輩! リアルでは初めてのお姫様抱っこです! ご感想は?」


「柔らかいしあまい香りするし・・・また今度していいか?」


「もちろんいいですよ!」


 伶愛の所属する紅団の団席に着いた二人。春真は手を振っている夏稀と雪を見つけると、伶愛を抱いたまま近づいて行った。


「伶愛ちゃん大丈夫!? どうしたの!?」


「・・・伶愛大丈夫?」


「あははー大丈夫だよ。目が回ってるだけ」


 夏稀と雪が心配して声をかけてきた。それに伶愛は明るく答える。


「こいつ回転系が苦手みたい。まだ目が回ってるみたいだからお願いしてもいいか?」


「まかせて!」


「っん!」


 夏稀と雪は春真にサムズアップしてくる。春真は伶愛を二人に預けると、殺意や憤怒の目で見てくる男子生徒たちを無視して団席を離れていく。


「やっぱりトイレ行こ」


 春真は午前中の競技が終わるまで、トイレに隠れることにした。

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