第17話 体育祭 前編

 

 5月のある日曜日。朝の藤村家は賑やかだった。


「お兄ちゃん! タコさんウインナー入れた?」


 夏稀がキッチンでお弁当を詰めている兄、春真に声をかける。


「入れたぞ!」


「ありがとお兄ちゃん」


「んっ春にぃ、卵焼きは?」


 今度は隣の家に住む幼馴染、雪が質問してくる。昨日から藤村家に泊まりに来ていたのだ。


「大丈夫! 味もばっちりだ!」


「さすが春にぃ」


 三人分と少し多めのお弁当を用意し、出かける準備を整える。


「忘れ物ないか?」


「大丈夫!」


「・・・何回も確認した」


「それじゃあ・・・」


「「「いってきまーす!」」」


 そして、三人は仲良く一緒に家を出た。今日は高校の体育祭なのだ。


「いやー、三人で登校するの高校になって初めてだねー」


 家を出て学校へ向かいながら、夏稀が言った。小学校、中学校でも三人一緒に登校していた。高校になって忙しく、朝の時間が合わなかったのだ。


「んっ、これからもできれば一緒に行きたい」


「そうだな。体育祭が終われば少しは落ち着くから一緒に行けるかもな」


 そういえばそうだったと、春真は夏稀に言われて改めて気づいた。数カ月前まで、夏稀と雪は中学生だったため一緒に登校することも少なかった。三人で同じ学校へ登校するのは久しぶりだ。春真が懐かしんでいると夏稀と雪は体育祭の話をしていた。


「よっしゃー! お兄ちゃんたち蒼団を倒して、我々紅団が優勝するぞー!」


「おー! 春にぃ覚悟しといて!」


「了解! 負けるつもりないからな」


 春真たちが通う高校の体育祭は3つの団が存在する。あお団・あか団・団の3つだ。漢字はかっこよくしてあるが、ただの青団・赤団・黄団だ。春真は蒼団で、夏稀と雪と伶愛は紅団だ。


「お兄ちゃん勝負しよう! 団の順位が高かった人が低かった人に何でも命令できる」


「んっやる! 犯罪行為はダメ。でも、えっちなことはあり」


「えぇ・・・」


 春真は、つい先日誰かさんと同じような勝負をして、デートしたり夏休みに泊りがけで旅行に行くことになった気がする。


「お兄ちゃんに拒否権はありません。私たちがすると言ったらするのです! あとで伶愛ちゃんも巻き込もう」


「・・・賛成」


「やめてくれ~」


 勝手に話を進めていく妹と幼馴染に兄の心の叫びは届かない。無視される。


「おっと、噂をすれば! れーあーちゃーん! おはよー!」


 交差点に東山伶愛が立っていた。たぶん夏稀と雪と待ち合わせでもしていたのだろう。夏稀の声に気づいた伶愛が小走りしながら三人に近づいてきた。


「夏稀ちゃん雪ちゃん、おはよ!」


「んっ、おはよー」


「伶愛ちゃんおはよー!」


 伶愛は夏稀と雪の二人に挨拶をすると、春真のほうを見て、猫を被った余所行きの顔で挨拶する。


「おはようございます、お兄さん」


「ああ、東山さんおはよう」


 春真も挨拶を返した。春真と伶愛が仲がいいことは周りに秘密にしているのだ。四人は歩き出す。夏稀と雪と伶愛の三人が前を歩き、春真は三人の後ろをついていく。


「伶愛ちゃん! お兄ちゃんと体育祭の団の順位で勝負するんだけど参加しない?」


「どういった勝負?」


「団の順位が高い人が低い人に何でも命令できるっていう勝負!」


「・・・命令は犯罪行為はダメ。えっちなことはあり」


 勝負の内容と命令の範囲を聞いて、伶愛はくるっと後ろを向き、春真に顔を向ける。


「その勝負参加します」


 伶愛は夏稀と雪に見えないように、春真に向けて可愛らしくウィンクをした。


 ▼▼▼


 少し時間は飛ぶ。午前中の競技も残り少なくなってきた。

 体育祭の長い長い開会式はとても退屈だったと述べておこう。

 春真は100メートル走を楽々と1位でゴールしたり、台風の目では3位だったり、学年ダンスで踊り、クラス対抗リレーのアンカーを務め2位から逆転して1位でゴールしたりした。残すは午後の最後の競技、団代表リレーを残すのみだ。午前中に出る競技は全て終わった。しばらく暇である。

 春真は蒼団の団席の後ろのほうに座って競技を見ていた。団席は階段状になっており、後ろからでもグラウンドが良く見える。


「よう春真! おつかれさま」


 ぼーっと眺めていた春真に声をかけてきたのは笹原志紀。春真の友人だ。


「おう志紀。おつかれさま。綱引き勝ったな」


「楽勝だったぜ! 鍛えてるからな、ゲームのために!」


 志紀は腕を曲げて上腕二頭筋をアピールする。


「で、最近どうよ? 嫁さんとは」


「だから嫁じゃないって」


 志紀が言っている嫁とは、ゲームの中のアストレイアのことだ。春真は何度目かわからない訂正をする。もう百回以上訂正している気がする。


「でも、好きなんだろ?」


「ノーコメント」


 ニヤニヤしてくる友人を春真は仏頂面で答える。


「勇者様美人だからなぁ。よくあんな可愛い子と仲良くなれたなぁ。そういえば勇者ちゃんのリアルって知ってるのか?」


「どうだと思う?」


「絶対知ってると思う。当たってたか?」


「ノーコメント」


 ノーコメントは肯定も否定もしない便利な言葉だ。だが、相手に間違った意味、特に肯定的にとらえられることが多い。


「今度紹介しろ」


 春真は志紀の言葉を無視する。志紀は春真を見ながらニヤニヤしている。志紀は唐突に話題を変えた。


「『学園のマドンナ』こと東山伶愛は何に出るか知ってるか?」


「『学園のマドンナ』?」


「そう『学園のマドンナ』。東山伶愛はマドンナって呼ばれてるぜ。他にもこの学校には『Theリトルシスター』とか『学園の白雪姫スノープリンセス』もいるぞ。それで、出る競技は知ってるか?」


 春真は本人が言っていたことを思い出す。


「たしか、借り者競争だけって言ってたぞ。後は全員参加のダンスとリレー」


「サンキュー。・・・本人に聞いたのか?」


「んなわけあるか! 妹からだ!」


 春真は妹から聞いたと嘘をつく。


「ふ~ん?」


 志紀は春真の言葉を疑っていた。志紀と春真は中学も同じで、春真が中学の時、伶愛と面識があったことを知っているのだ。春真と伶愛の間に何かあると昔から疑っている。


「ほら、次が借り者競争みたいだぞ」


 丁度いいタイミングで放送部のアナウンスが流れ始める。


『次の競技は借り者競争です! 競技の説明をします。選手の皆さんには、まず100メートル走ってもらいます。その後、準備されているテーブルに置いてあるお題を取ってください。早い者勝ちです。お題は人に関係あることです。連れてくる人はこの学校の生徒もしくは教員限定となっております』


 放送部による競技の説明は続いていく。


『お題の人を見つけた選手は本部席前にあるマイクの前に、その人を連れて来てください。体育委員がお題の確認を行います。校長先生、生徒会長、体育委員長の三人中二人以上からオーケーを貰えたら、次はぐるぐるバットです。これは連れてこられた人も行ってもらいます。しっかりと額をバットにつけて15回回ってくださいねー。そして二人で手をつないでゴールとなります。それでは競技開始です!』


 ついに借り者競争が始まる。

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