第16話 万屋『八百万』 後編

 

 アストレイアとスプリングの二人は、クエストで入手したアイテムの査定を聞きに『始まりの街ファースト』に来ていた。街の裏路地にひっそりの佇む『万屋よろずや八百万やおよろず』の女店主ペーパー、通称カミさん、に二人は査定勝負について説明した。


「なるほど。クエストで採掘したアイテムの査定金額が多いほうが勝ちね。で、勝った人は負けた人になんでも命令できる、と・・・。いいじゃない! 面白そうだわ!」


 ペーパーはノリノリだ。


「なんでもって一体どこまでなのかしら?」


「犯罪行為でなければ何でもいいです。相手が同意すればえっちなことも・・・」


「わーお!」


「俺は何も言ってませんからね。えっちなこととかレイアが勝手に言い出したことです」


 やるわねまおーくん、というまなざしで見てきたペーパーにスプリングは反論する。


「いいわねいいわね! でも一つだけ条件があるわ」


 ニヤニヤ笑っていたペーパーは急に真面目な顔になった。


「私が査定するのはいいけれど、先に命令の内容を言うこと! お互いに言わないと私は査定しないわ!」


 アストレイアとスプリングはお互い顔を向き合わせる。拒否する理由もない。二人は頷き合う。


「わかりました。それでお願いします」


 ペーパーは満面の笑みを浮かべている。彼女はアストレイアとスプリングの二人の顔を交互に見て、ビシッと勢いよくスプリングを指さす。


「では、まおーくんから発表してください!」


「えっ! いきなりですか! 少し時間ほしいんですけど」


 いきなり指名されるスプリング。命令の内容など全く考えていない。時間が欲しいとペーパーに申し出たが彼女は、今すぐ言いなさい、と目で告げている。


「あー。えーっと・・・コスプレ。コスプレしてもらおうかな。現実リアルで」


「リ、現実リアルで! 私、メイド服とかナース服とかスク水を着て、そのまま襲われて食べられてしまうのでしょうか? で、できれば私の初めては普通に貰ってほしいのですが・・・」


「襲うとか言ってないだろ!」


「ヘタレ」


 スプリングは声を荒げて反論する。襲うなんて一言も言っていない。


「えっ? 襲わないのですか?」


 アストレイアはキョトンとしてスプリングに聞き返した。


「襲わねーよ! レイアは襲われたい願望でもあるのか?」


「ヘタレ」


「せ、先輩になら少しは・・・」


 アストレイアは恥ずかしそうに目を逸らす。そんな彼女を見て、スプリングも目を逸らす。


「ヘタレ」


「あのーすみませんカミさん。さっきからヘタレってボソッと呟くのやめてくれませんか? 地味に傷つくので」


「いやー本当のことでしょ。いつも肝心なところでヘタレるヘタレまおーくん。まあ、いいわ。襲いたくなったら襲っちゃいなさい! 私が許可する。はい次! アストレイアちゃんの番!」


 いや関係ないあなたに許可されても・・・、とげんなりとした顔のスプリングを無視して、ペーパーはノリノリの笑顔でアストレイアを指さす。


「えっあっはい! 私が勝ったら、リ、現実リアルでデートしてください!」


 アストレイアは覚悟を決めて、目を瞑りながら叫ぶようにして言った。そんな必死な彼女に対して、スプリングの返答はあっさりとしていた。


「いいぞー。それくらいならいつでも行くのに」


「軽ぅー! 先輩軽いです! 私が勇気出して言ったのに何ですかそのあっさりとした反応は!」


「いや、だってレイアが夏稀たちと一緒に買い物行くとき、よく荷物持ちとかさせられてるし。まぁ、レイアと二人きりで出かけることは今までなかったけど」


「そうでした・・・。夏稀ちゃん雪ちゃん、ちょっと先輩を調教しすぎです・・・。女慣れしすぎですよ・・・」


 落ち込んだようにブツブツと呟くアストレイア。突如、笑い声を出し始める。


「ふふふふふ・・・。いいでしょう。それなら先輩にはデートで私の水着を選んでもらいます。水着だけじゃありません。ランジェリーショップに行って、ブラとショーツを三組選んで買ってもらいます。もちろん、試着するので、ちゃんと見て私に似合ってるか確認もお願いします!」


「おい! それは流石に」


「先輩が勝てば問題ないでしょう?」


「まぁそうだが・・・」


「なら問題ありません。カミさんお願いします」


 アストレイアはペーパーに査定を始めるようお願いする。ペーパーは、途中二人に存在を忘れられていたが、そんなことは気にせず、それはそれは楽しそうに二人のことをニヤニヤしながら見ていた。


「あら? もういいのかしら? もっとイチャイチャしていいのよ?」


「イチャイチャしてません。査定をお願いします」


「これはイチャイチャに入らないのね・・・。早速始めたいところだけどまだ駄目ね。ちょっと不公平すぎるわ」


「不公平ですか?」


「ええ、アストレイアちゃん。あなたは負ければコスプレ。勝ったら水着姿と下着姿を彼に見られるのよ。まおーくんがいい思いしすぎるわ」


「それは確かに」


「というわけで、まおーくんが勝ったらアストレイアちゃんをコスプレさせるか、デートに連れて行って水着と下着を選んで買ってあげること。アストレイアちゃんが勝ったら、まおーくんが彼女を夏休みにお泊り旅行に連れていくこと。もちろん二人きりで同じ部屋ね」


「お泊り旅行・・・二人きり・・・同じ部屋・・・」


「そう! まおーくんもいいわね?」


「いいですよ。どうせ俺が何言ったって意味ないんでしょ」


「よくわかってるわね! じゃあ二人とも、アイテムを見せてちょうだい!」


 ようやく査定が始まる。初めはアストレイアからだ。


「ふむふむ。鉄鉱石や銀鉱石は普通ね。珍しいのは・・・水鉱石に風鉱石、ストームカープの鱗、あら聖銀もあるわね。それに・・・何これ!? 青龍の鱗!」


 ペーパーは初めて見るアイテムに驚きの声を出す。


「ええ。龍の鱗です。このゲームには竜や龍もいるみたいですよ。今回手に入れた称号に書いてありました」


「やっぱりいるのね。称号についても後から詳しく聞かせて貰うわ。よし、次はまおーくん」


 だいたいの金額を計算したペーパーは、次はスプリングにアイテムを見せるよう促す。


「ふむふむ。アストレイアちゃんより少し少ないかしらね。鉄鉱石とかは同じだから、珍しいものは・・・水鉱石や風鉱石、青龍の鱗・・・龍鉱石!? 龍鉱石が二つも!」


 ペーパーは再び驚きの声を出す。聞いたことないアイテム名にアストレイアも声を上げる。


「龍鉱石!? 何ですかそれ!」


「ちょっと待って。『龍の力を秘めた鉱石』ですって。龍特効武器、龍殺しとか作れるのかしら?」


「かもしれません・・・。先輩こんなアイテム手に入れてたんですか!」


「まあな」


「うぅー」


 アストレイアは恨みがましくスプリングを見つめうなり声をあげている。


「はぁー。終わったわよ」


 ペーパーは息を吐きながら、二人に査定が終わったことを告げる。


「わかってるかと思うけれど、これはまおーくんの勝ちよ。青龍の鱗でも驚いたのに龍鉱石なんてね・・・。龍鉱石がなかったらアストレイアちゃんの勝ちだったのに・・・。空気読みなさいまおーくん!」


「えぇー悪いの俺ですか?」


「アストレイアちゃんを見なさい!」


 アストレイアを見ると、見るからに落ち込んでいた。お泊り・・・旅行・・・二人きり・・・と悲しげに呟いている。余程自信があり、楽しみだったのだろう。弱り切った彼女にスプリングは弱い。


「俺は後悔するなって勝負するときに言ったからな」


「はい・・・わかってます・・・」


「俺は結構欲張りだからな。レイアにコスプレさせるし、デートに行って下着や水着もちゃんと選ぶからな」


「はい・・・わかってます・・・」


 アストレイアは落ち込んだままだ。


「やっぱりレイアの水着姿は海で見たいなぁ。というわけで、夏休み泊りがけで海に連れてくから予定空けとけ」


「えっ・・・?」


「あと、そのとき俺がお前を襲っても文句言うなよ!」


「はい先輩! お待ちしてます!」


 さっきまで落ち込んでいた彼女はどこへ行ったのだろう。今は満面の笑みを浮かべている。彼女の笑顔を見ながら、やっぱりレイアには笑顔が一番似合う、とスプリングは思う。

 そんな初々しい二人をペーパーは、微笑ましく見守っていた。

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