第15話 万屋『八百万』 前編

 

 5月クエスト『ヌシを鎮めろ!』をクリアしたアストレイアとスプリングは『始まりの街ファースト』へ来ていた。二人は街の裏路地を歩いていく。


「クエスト楽しかったですね」


「楽しかったな。レイアの可愛いとこ見れたし」


 スプリングはアストレイアの高所でおびえて、泣きそうになりながら縋りついてきたシーンを思い出す。


「先輩忘れてください! 忘れろぉぉぉー!」


 アストレイアは、自分の恥ずかしいシーンを思い出しているスプリングに飛びかかっていく。そんな飛びかかってくる彼女を、彼は躱して避ける。避けられたアストレイアは、次はスプリングの背中に飛び乗った。


「うおっ!」


 後ろからの攻撃に避けられなかったスプリングは、そのままアストレイアの脚を支え、おんぶの状態にする。背中に柔らかい感触を感じる。だが、それと同時にアストレイアに首を絞められる。


「忘れろおおおおおおおお!」


「わ゛がっだがら。ぐるじい」


 スプリングが限界ギリギリになって、ようやくアストレイアは首を解放した。彼の耳元で、ふんっ、と拗ねた声が聞こえた。スプリングは苦笑すると、アストレイアをおんぶしたまま歩いて行った。

 二人は目的地に着いた。街の裏路地にひっそりと佇む、『万屋よろずや八百万やおよろず』である。店の暖簾をくぐりながらスプリングが店の中に声をかける。


「邪魔すんでー」


 女性店員がその言葉に返してきた。


「邪魔すんやったら帰ってー」


「はいよー。・・・・・・カミさん、これ毎回しないといけないんですか?」


 呆れ声のスプリングにカミさんと呼ばれた女性店員は笑いながら答えた。20代くらいの紫色の髪をした優しそうな女性プレイヤーだ。


「いいじゃんいいじゃん! 私は楽しいから!」


 プレイヤー名はペーパー。プレイヤーからはカミさんと呼ばれている、この『万屋八百万』を営む店主である。


「それにお得意様かどうか確かめるって役割もあるんだし。とゆーわけで、いらっしゃいませ。ようこそ万屋八百万へ。おんぶで入店とかラブラブですなぁ」


 営業スマイルで微笑むペーパー。おんぶを指摘された二人は、慌てて離れる。ペーパーはそんな二人を見て、にやにやと笑っている。


「アストレイアちゃんは歓迎するわよ! でもまおーくん、君は帰って! ほら出てった出てった!」


 ペーパーはスプリングの背中を押して追い出そうとする。スプリングは、今までこんなこと言われたことはない。訳が分からない。


「ちょっと何でですか!? 俺何かしましたっけ?」


「うん!」


「え、ちょっと待って! 詳しく教えてください! あっ! お、押さないで」


 スプリングは全く見当がつかない。彼女に何かしたか考えている間もペーパーにぐいぐいと力強く背中を押されている。アストレイアは傍観している。


「まおーくんは巨乳好きなんでしょ。巨乳好きは敵よ! だから出てって!」


 ペーパーの体は胸が小さい。キャラクターの体は、現実とほとんど変えることができないため、現実の彼女も胸が小さいのだろう。彼女は胸の大きさを気にしているようだ。


「俺は巨乳好きじゃないですよ! 情報屋のあなたなら知ってるんじゃないですか!?」


「あなたの性癖なんか知らないわよ!」


「あはは。カミさん、先輩は巨乳好きじゃないみたいですよ。私の胸しか興味ないそうです」


「ああ! なるほど!」


 アストレイアの言葉にペーパーはあっさり納得する。ペーパーはスプリングを押すのを止め、彼を店の中へ入れる。


「それでお二人さん。今日はどういった御用件かしら?」


「情報を買ってほしいのと手に入れたアイテムの査定金額を出してほしいです」


「わかったわ。今月のクエスト関係かしら?」


「はい。ただ、来月、このクエストが受けることができなくなるまで情報を出さないでほしいです。情報の検証も禁止です」


 クエストの内容についてはスプリングと話し合い、来月になるまで情報を出さないと決めた。しかし、情報屋の一面を持つ彼女は安心できる。


「そこは安心して。情報屋の誇りにかけて約束するわ」


 ペーパーは胸を張って自慢げに約束した。今まで彼女と付き合って、二人は彼女を信頼している。二人は盗み聞きされないようペーパーをパーティに入れる。そして、話し始めた。


「実は・・・かくかくしかじか、だったんです」


「おいおい。かくかくしかじかって・・・」


「何ですってぇぇぇぇ! ボスのストームカープをキングと名付けて、まおーくんと滝の裏でイチャイチャしてキスして、湖の底またキスして、湖の底を爆破して、ストームカープを滝の上に連れて行ったら龍に進化して、龍のイヤリングと祝福の称号を貰って、イチャイチャして、まおーくんと婚約したぁぁぁーーーー!」


「え、なんでかくかくしかじかで伝わってんの?」


「そうなんですよ。さすがカミさんです!」


 アストレイアはペーパーに向かってサムズアップする。ペーパーもアストレイアへサムズアップを返す。しかし、ペーパーはすぐに興味津々で二人に迫る。鼻息が荒く、まるで今にも掴みかかってきそうだ。


「どっち! どっちからプロポーズしたの!? おねーさんに教えなさい!」


「えぇ・・・最初に聞くのがそれですか?」


「まだ正式にはされてないんですよね。それっぽいこと言われましたけど・・・。イヤリングを交換したらイベントエリアではそれが婚約だったみたいで」


「おお! ヘタレのまおーくんが勇気出したのか。えらいぞ! おねーさんが頭を撫でてあげよう」


 ペーパーはスプリングの頭を撫でる。突然のことでスプリングは反応できない。


「まぁだいたい分かったわ。でも、あなたたち両想いってお互い知ってるのになぜ付き合わないのかしら?」


「いろいろとあるんですよ」


「私は先輩待ちです」


「おいゴラ! 女を待たせてんじゃねーぞ! このガキ!」


 アストレイアの言葉を聞いて一気に柄が悪くなるペーパー。スプリングの胸倉を掴み上げている。彼を睨みつけるペーパーは、女性がしてはいけない顔になっている。


「落ち着いてくださいカミさん。私も納得済みですから」


「あらそう? ならいいのだけど」


 ペーパーは般若のような表情から一瞬でいつもの優しい笑顔に戻る。解放されたスプリングは膝から崩れ落ち、怖かったぁ、と呟きながら震えている。


「で、もう一つの用事、査定してほしいものがあるらしいわね?」


 スプリングはまだ四つん這いになったまま答える。


「はい。でも俺とレイアは別々で査定金額を出してください」


「へー。何かわけがあるのかしら?」


「かくかくしかじかです」


「まおーくん、ふざけないで!」


「先輩、ふざけないでください!」


 理不尽だー!というスプリングの叫びが路地裏の小さな店に響き渡った。

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