第14話 5月クエスト『主を鎮めろ!』その10

 

 5月クエスト『ヌシを鎮めろ!』をクリアしたアストレイアとスプリング。『シライトの台地』から景色を眺めようとしていたら、アストレイアが高所恐怖症ということが分かった。

 固まってしまったアストレイアを抱き上げ、少しでも崖から離れるスプリング。そして、生えていた木の下に腰掛ける。

 スプリングは、座ったことで少し落ち着いたアストレイアに話しかける。


「高所恐怖症だったんだな」


「わ、悪いですか!?」


「い~や。可愛かったぞ」


 アストレイアはビシバシとスプリングを叩く。叩いて叩いて叩きまくる。


「痛い! 可愛かったんだからいいだろ! ってぇ! 悪い! 俺が悪かったから! だから痛い!」


 ようやく彼女は叩くのをやめる。だが、スプリングのほうを決して見そうとしない。そっぽを向いている。だけど、スプリングの袖を掴んで離さない。そんな彼女を見ながら、スプリングはそっと彼女の手を優しく握った。彼女は拒まない。そして二人は自然に指を絡めあった。

 しばらくして、不意にアストレイアが口を開く。


「先輩、夕暮れっていつなるんでしょうか? 時間的に夕暮れになる頃はクエストの時間過ぎていますよ」


 Wisdom Onlineではゲーム内の時間は現実リアルと同じだ。ただ、20時間で太陽が一周する。その為、現実リアルで朝だがゲーム内では夜ということがよくある。

 今いるエリアはイベントエリアだ。5月クエスト『ヌシを鎮めろ!』の専用空間である。今回のクエストには4時間という制限時間があり、その間しか居られない。残り時間は約25分しかない。


「それもそうだな。ちょっと運営に聞いてみるか」


 スプリングは機能にあるヘルプ機能で運営に問いかける。すると、二人の目の前に光が現れ、そこから妖精が現れた。


「こんにちは~! サポートAIヘルプデスク担当のヘルプちゃんでーす! どういったご用件でしょうか?」


「こんにちは。ちょと聞きたいんだけど、ここっていつ夕暮れになる?」


「魔王様ですか。それに勇者ちゃんもいるとは。私たちAIや運営の方々もいつも見守っていますよ、お二人のいちゃらぶを! 今日はデート! 夕暮れデートなんですね!? 相変わらずラブラブですねぇ。ここは残り時間が20分になると夕暮れになりますよ。あと5分ほどでしょうか? そしたら夕暮れになります」


「ちょっと待って。聞き捨てならないことがあったんだけど。俺たち見られてるの!?」


「ナ、ナンノコトデスカー? ご用件は以上ですね。では失礼しまーす。お幸せに!」


 ウィンクして逃げるように消えていった妖精。スプリングはもう一度ヘルプに問いかけるが反応しない。運営にも問いかけるが、拒否される。


「ヘルプも運営にも拒否られた・・・」


「あはは・・・。あんまり見ないでくださいね。私たちも恥ずかしいので・・・」


 見ているであろう運営やAIに向けて告げるアストレイア。当然ながら反応はない。だが、見られていると知るととても恥ずかしい。気まずい沈黙が二人を包む。

 気まずさを感じていると、周囲が徐々にオレンジ色に染まった。


「おー。綺麗です! 高いのであんまり見たくないんですけど・・・」


「さっさと写真撮るか」


 二人はパシャパシャと写真を撮る。高所なのでアストレイアのテンションはそこまで高くない。あっさりと写真を撮る。写真を撮り終わると二人は寄り添って地平線に沈む夕日を眺める。


「そういえば先輩、さっきプロポーズみたいな言葉を言ってましたね。一生離さないとか」


「そうだったか? 覚えてないな。聞き間違いじゃないのか?」


 スプリングはとぼける。高いところを怖がっており、聞いてないか忘れてると思っていたのだが、彼女はしっかりと覚えていたようだ。


「まぁ、プロポーズするとしたらもっと場所とかシチュエーションとかこだわるから」


「そうですか。・・・では数年後に」


「・・・そうだな。数年後に」


 その後、二人は話すことなく、ただただ手をつないで夕陽を眺めるのだった。


 ▼▼▼


「さあ帰ってきました! ゲンおじいちゃんの小屋に!」


 二人はクエストの結果を報告しに、イベントNPCのゲンの小屋へ移動してきた。クエストをクリアしたことで、クエスト画面から転移することができたのである。

 二人はドアをノックして小屋へと入る。


「たっだいまー! ゲンおじいちゃん帰ってきたよー!」


「おぉー! アストレイア嬢ちゃんにスプリング坊ちゃんか。よく帰ってきた。ちょっと待ってな。すぐにお菓子を準備するからの」


 来た時と同じようにゲンはお茶やお菓子を準備し始める。そして、準備が終わると、二人に話を促す。


「それでどうじゃった? ヌシ様は落ち着いたかの?」


「ええ。落ち着いたかというか、いなくなったといいますか・・・。進化して龍となってどこかへ消え去りました」


「なんと!? 龍神様になられたのか! それはよかったよかった。むぅっ! それは龍神様から貰ったイヤリングかの? それに祝福も感じるぞ!」


「よくわかりましたね。その通りです」


「それにイヤリングも交換したか。おめでとうお二人さん。お幸せにの! 伝説通りじゃな」


「おじいちゃん、伝説って?」


 アストレイアがゲンに問いかける。イヤリングの交換、お幸せに、伝説など言われても訳が分からない。二人はそんな話なにも聞いていない。


「あれっ? 言っておらんかったかの? あの湖は鯉に転生した龍神様が龍になるための場所じゃ。遥か昔、その龍神様をお手伝いしたカップルがいたそうじゃ。龍神様はお礼にその二人に龍のイヤリングを渡した。女性には龍の目が緑色、男性には青色じゃ。その場でプロポーズをしてお互いのイヤリングを交換したのじゃ。それ以来、『シライトの台地』の上で青と緑のイヤリングを交換することがプロポーズ、婚約ということになっておる」


「「・・・・・・」」


「それにこの世界では龍神様は恋、恋愛も司っておられる。『恋の湖』でキスした者は結ばれる。『シライトの台地』でプロポーズして、婚約した二人は生涯幸せに過ごすと言われておるぞ。おっと、これも忘れておった。『恋の湖』でのキスは場所を問わんぞ。手でも唇でも頬でもいいからお互いキスすることが条件じゃ」


「「・・・・・・」」


 二人は顔を真っ赤にしてお互いの顔が恥ずかしくて見れない。『コイの湖』のコイって鯉じゃなくて恋だったの!?と心の中でつっこむ。そんな二人の初々しい様子に気づいたゲンが察する。


「その様子じゃキスもしたようじゃの。ほほほ。よかったのぅ」


「ちょっとおじいちゃん! 初めに言ってよ!」


「ほほほ。どうせ言っても言わなくてもしたじゃろ?」


「まぁたぶん・・・」


 アストレイアは黙り込む。ほほほ、とゲンは笑っている。


「さて、報酬を渡そうかの。ヌシ様が龍神様になるのを助けてくれたのじゃ。少し上乗せしておくからの」


 二人にリザルト画面が表示される。お金や経験値、ストームカープの素材など大量だ。


「ゲンさんこれは?」


 攻略情報ではこんなこと言ってなかった。確か、ボスを倒して終わりだったはずだ。ゲンから報酬を貰うことはなかったはずだ。


「今までこんな老いぼれの話など聞くものがいなくての。クエストが終わっても来てくれたのは二人だけじゃ。他のプレイヤーには秘密じゃぞ」


 ゲンは悪戯っぽく笑う。


「そろそろ時間かの」


 クエストの残り時間はあと数分。ここにいられるのも残りわずかだ。


「おじいちゃん・・・。もう会えないの?」


 アストレイアは寂しそうに呟く。ゲンはイベントNPCだ。このクエストを説明するためのNPC。それが終わってしまえば役目はなくなる。それに、このクエストは一度しか受けることができない。


「わからぬ。運営が決めることじゃ。儂らではどうしようもない」


 ゲンは孫を見るかのように優しくアストレイアを見つめる。やはり少し寂しそうだ。

 スプリングはどうにかしたいと思う。でも、彼ができることはない。いや、一つだけあった。


「写真! 写真撮りませんか?」


「先輩ナイス! おじいちゃん一緒に撮ろう!」


「ほほほ。もちろんじゃよ」


 スプリングの提案に、アストレイアの顔が輝く。ゲンも嬉しそうだ。三人は仲良く写真を撮った。三人の顔は笑顔で満ち溢れていた。


「時間じゃな」


 写真をたくさん撮り、とうとう時間が来てしまった。


「うん。おじいちゃんありがと。またね」


「ゲンさんありがとうございました」


 二人はゲンにお礼を言い、笑顔で手を振る。


「こちらこそありがとう。とても楽しかったぞ。二人とも幸せになるのじゃぞ! またの~!」


 ゲンが二人に笑顔で手を振る。

 そして、時間が来たアストレイアとスプリングの二人は転移していった。


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