第10話 5月クエスト『主を鎮めろ!』その6
『コイの湖』のボスであるストームカープのキングに乗り、スプリングとアストレイアは湖の中に潜っていた。水の上からでは分からなかったが、水の中は透明で遠くまではっきりと見える。色とりどりの魚や、モンスターが優雅に泳いでいる。水深は50mほどだろうか。湖底には長い亀裂が走っている。
他のモンスターに襲われることもなく、ゆっくりと時間をかけて湖底へ降り立った。
湖底へ降り立った二人はぐるりと360度見渡す。水族館のようだ。
湖底には深い亀裂が走り、底は暗くて見えない。幅は1.5メートルほどだろうか。それが何十メートルも続いている。その亀裂に砂や水が流れ込んでおり、滝を上から眺めているかのようだ。湖底に存在する第二の滝だ。
「綺麗ですね」
「運営も結構力を入れて作ったんだろうな。一体どれだけのプレイヤーが気づいたんだろ? 人に教えたいな」
「ダメです。ここは二人きりなんです。まぁ、キングもいますが、プレイヤーは私たちだけです。私たちしか知らない景色なんです! 独り占めじゃなくて二人占めなんです!」
「二人占め・・・。そうだな・・・。俺たちが知っていればいいか」
「きゃぁっ」
スプリングはアストレイアを引き寄せると、彼女を後ろから抱きしめた。
「
「先輩?」
驚いた彼女は後ろを向こうと顔を横に向ける。そんな横を向いた彼女の頬にキスをする。
「っ!?」
固まって動かなくなった彼女の肩に顔をうずめる。彼女の温もりや柔らかさ、あまい香りを全身で感じる。30秒ほどして、
「せ、先輩!? 一体どうしちゃったんですか!? いつものヘタレはどうしたんですか!? 熱、熱でもあるんですか!?」
「・・・お前が覚悟決めて勇気出せって言ったんだろ」
「た、確かに言いましたけど、言いましたけど! 不意打ちすぎです! 思わずキュンってときめいちゃったじゃないですか!」
スプリングは、今さら自分が行ったことを思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしいが、そうした甲斐があったらしい。
彼女への愛おしさが溢れて思わず抱きしめてしまったことは内緒である。
「うーん・・・。耳元で『好きだよ』とか『愛してる』とか『ずっと一緒にいてくれ』とか囁いてくれたらもっと良かったですねぇ。そしたら私、堕ちちゃってましたねぇ。まぁ、もう堕ちちゃってますけど。点数をつけるとするならば・・・100点満点中75点でしょうか。先輩にしては高得点です。」
「・・・冷静に評価するな!」
「100点目指してこれからも頑張ってください。でも先輩。よかったんですか?」
「何がだ?」
「思い出してください。あと一か所残ってるんですよ。最初が『前からハグしておでこにキス』。次に今の『後ろから抱きついて頬にキス』。最後はどうなるんでしょうか。これ以上となると、プロポーズして唇に、とかなっちゃいませんか? 告白も付き合うのもすっ飛ばしていきなりプロポーズですか。・・・・・・それはそれでありですね・・・」
「・・・」
「それに私の心臓もちますかね? ドキドキしすぎて心臓発作であの世に逝ったりしないですよね? でも、先輩の腕の中で死ぬならいいかも・・・」
自分の世界にトリップしているアストレイア。自分の思ったことや考えたことが全て口に出ている。時々、彼女はこうなる。スプリングはもう慣れた。
「あー。そろそろいいか?」
「おっと、失礼しました。それで、最後はどうするつもりですか? 何か考えているんでしょ?」
「まぁしたいことはあるけど、普通だぞ?」
「教えてください。主に私の心臓のために」
「ただ手をつないで夕陽を眺めるだけ」
「ほうほう。心臓にやさしいです。熟年夫婦みたいに、語らずともお互いのことが分かり合えてる、的なヤツですか。さずが乙女。いいところをついてきますね。私好みです」
「誰が乙女かっ! はぁ。なぜ全てわかる!」
「先輩のことなら全てお見通しです♡ 浮気してもすぐわかりますよ」
「・・・そんな余裕ない」
「そうですか、そんなに私のこと好きですか! からかいたいところですがやめときます。話が終わらなさそうなですので。というわけで撮影タイムです」
いつものようにパシャパシャと写真を撮る。この撮影会はもう慣れたものだ。もうすでに今日だけで彼女は200枚近く撮ったんじゃないだろうか。
撮影中、突然スプリングは頬にキスされ、その瞬間を撮られたことは割愛する。
▼▼▼
「先輩、この亀裂の底に行けると思いますか?」
撮影会が終わり、亀裂に流れ込む水の流れを見つめながらアストレイアはスプリングに問いかける。
「どうだろ? 降りてみるか?」
「先輩
「そこまで言ってないんだが・・・。まぁいいや。それっ!」
どうせ自分が試すことになるのだから、不毛な争いを避け、あっさりと亀裂に跳び込むスプリング。ジャンプして跳び込んだ彼の体は、沈んでいくことなく亀裂の上に着地する。透明なガラスの上に立っているかのようだ。
「ダメですね。じゃあ、石を試してみましょう。それっ! ・・・・・・沈んでいきましたね」
プレイヤーの体が亀裂の中に入れないことがわかり、アイテムはどうか試してみたアストレイア。近くに転がっていた石を拾い、亀裂に投げ入れてみると、石はあっさりと沈んでいく。
「なあ。普通、石を投げ入れて確認するのが先じゃないか?」
「そうですね。でも先輩が先に跳び込んでしまったので。先輩、そのまま亀裂の上に立っている状態で、石を持ったらどうなるんですかね。・・・バグがあって体が沈んでいくとか」
言葉の途中で静かに足元の石を拾うアストレイア。
「怖ぇよ。石をこっちに向かって投げるな!」
石をこちらに向けて投げる動作を開始したアストレイアを見て、スプリングは慌てて亀裂の上から逃げ出す。
「さて、先輩の焦った可愛い顔も見ることができましたし、私は大満足です」
「そーかい、そりゃよかったな」
彼は少し不貞腐れた声を出す。
「よかったです! で、どうします? このまま湖の中を探して回りますか? 手掛かりがあるかもしれません」
「たぶんないと思うぞ。ただのカンだけど」
「では先輩のカンを信じて、ひとまず陸に戻りましょうか。キングさーーーん! 私たちを陸に連れて行ってくださーい!」
周囲を
近づいてきたキングに二人は乗るとしっかりと掴まる。
「では、陸までお願いします」
キングは体を縦に動かし頷いた。
二人を乗せたストームカープのキングは、水面へ向けてゆっくりと上昇していった。
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