第9話 5月クエスト『主を鎮めろ!』その5
『シライトの滝』の裏側へ着いたアストレイアとスプリングの二人。そこには水と光が織りなす、自然が作り上げた絶景が広がっていた。
パシャパシャと沢山の写真を撮る二人。特にアストレイアが満足するまで写真を撮っていた。
「さて、いい写真も沢山撮れましたし、では先輩、どうぞ!」
スプリングは急に、どうぞ、と言われても訳が分からない。彼女は何かを待っているようだ。期待したまなざしで見つめられている。
「えーっと、アストレイアさん? どうぞとは?」
「はぁ。まったく先輩は。ヒントはおじいちゃんです」
ヒントを教えられ、イベントNPCの老人ゲンの昔話を思い出す。
「えーっと・・・今から告白して、キスをして、押し倒せと?」
「・・・先輩がいいなら押し倒されるのも吝かではありません」
アストレイアは恥ずかしそうに顔を赤らめながら目を伏せ、指で髪の毛をクルクルといじっている。
「まぁ、先輩のことですから、告白や押し倒すことはしないでしょうし、よくてハグやキスでしょうか? さあさあどうぞどうぞ! ヘイカモーン!」
カモーンじゃねえよ、と心の中でスプリングは呟く。
さっきの恥ずかしがっていた姿はどこにいったのだろうか。賞賛すべきほどの変わり身の早さである。
「あれれー? 乙女なヘタレさんは何もしてくれないのですか? 唇はまだですが、ほっぺにチューは経験済みですよ? またしてくれないのですかー?」
煽りに煽ってくる少女がいる。でも、彼は知っている。彼女がウザイほど煽ってくるときは、本気で照れて恥ずかしがっているときの癖の一つだ。いつもは彼がすぐに折れるが、たまにはやり返すのもいいだろう。
スプリングは、いつでも胸に飛び込んできていいよ、というように両腕を広げる。
「ほれ。いつでもいいぞ」
「はへ? どゆことですか?」
「俺は準備できてるぞ。ヘイカモーン!」
彼の言葉を理解したアストレイアは、むむむーと恨みがましく睨みつける。目を閉じ、何度か深呼吸すると覚悟を決めたように、でもおずおずと彼の胸の中に飛び込んでいった。
恥ずかしかったのだろう。耳まで赤い。アストレイアはスプリングの胸にすりすりと顔を押し付けている。そして、上目遣いで見つめてくる。二人は自然と体を離す。
「んっ」
アストレイアは目を閉じる。キスをねだっているようだ。
スプリングは、彼女の頬を優しく撫でる。そして、彼女の前髪を上げると彼女の額に口づけした。
「あ、えっと・・・、これはこれでいいですけど、思ってたのはこれじゃないというか、でもまぁうん、先輩ですし、赦してあげましょう」
期待し覚悟していた場所と違い、嬉しいような、がっかりしたような複雑な表情をしている。
そりゃどーも、と彼は呟く。
「では、次は私からですね。先輩ちょっとかがんでください」
スプリングは言われた通りに少しかがむ。
「では・・・んっ。よし、オーケーです」
自分がされたようにスプリングの額に口づけした。一仕事やりきったという達成感に満ち溢れた顔をしている。
「おいおい。なんか仕事というか作業になってないか?」
「し、しょうがないじゃないですか! 先輩じゃないんですから、こうでもしないと私は無理なんです。されるのはいいけど自分からするのはムリなんです!」
ほとんどお前に強制されてるんだが、という反論は口に出さない。
「と、とりあえず、まだあと2か所ありますからね。次は別の場所でお願いします」
「キスなのか?」
「キスなのです」
「俺たち付き合ってないんだぞ」
「それでもです! 嫌ですか?」
「嫌じゃないけどさ。本当にしないといけないのか?」
「どーしても嫌っていうならしなくてもいいですよ。ただ、恋する乙女として言わせていただくと、『さっさと覚悟決めて勇気出せ! このヘタレ野郎!』ですかね。ちなみに私は、自分からするよりもされるほうが好みです」
「了解。・・・・・・まだ唇にはしないからな」
「
「・・・聞くな」
「はーい!」
二人は、またしばらく景色を心に刻み付けるように、寄り添いながら眺めていた。
▼▼▼
「さて、そろそろ次の場所へ行きましょうか。『キング、君に決めた! みずでっぽう!』」
「いろいろ大丈夫なのかそれ?」
「大丈夫ですよ、たぶん。でも一度は言ってみたくありませんか?」
「・・・次は俺にやらせろ」
「了解です!」
いろいろ危ない発言というか、小さいころの夢を語り合っている間に、外で待っていたストームカープのキングが滝に向かって水を放ち、水のカーテンに穴をあける。そこを通って二人は『コイの湖』へ戻ってきた。二人はキングの上に乗り直す。
「キングさん、ありがとうございます。おかげで綺麗な景色を見ることができました」
「ありがとな」
二人はキングにお礼を言う。キングは照れている。胸びれもパタパタと動かしている。
「次は湖の中なんですが、キングさんのオススメスポットはありますか?」
キングは体を縦に動かす。どこか連れていきたい場所があるようだ。
「とりあえず、そこの真上までお願いします」
キングは頷き、軽々と泳いでいく。たどり着いた先は滝から十数メートル離れた場所だった。ほんの少し移動しただけだ。
「近いな」
「近いですね。まぁ、潜る準備しましょう。『バブルラップ』」
アストレイアが呪文を唱えると二人の周りにシャボン玉のような膜が張られる。潜水スキルや水泳スキルのように素早く動き回ることはできないが、長時間水に潜ることができる魔法だ。
「オーケーか? よしっ、キング頼むぞ。『キング、君に決めた! ダイビング』!」
少し恥ずかしそうに言うスプリング。
キングは二人を乗せて、湖の中へ潜っていった。
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