第7話 5月クエスト『主を鎮めろ!』その3
ボスエリアに入ると、湖が広がっていた。『コイの湖』だ。湖には落差100mの滝が崖から流れ落ちている。『シライトの台地』から流れ落ちる『シライトの滝』である。
「わーお! 滝が意外と近いのにほとんど音がしない。さすがゲーム! 親切です! それに、これはこれで綺麗な景色ですね。先輩先輩! いつもの!」
「はいはい」
二人は湖や滝を背景に写真を撮る。アストレイアが気が済むまで撮る。これがいつもの二人だ。
パシャパシャと写真を撮っていると、湖の中から30m程ある大きな魚が飛び上がり、重力に引かれて大きな水しぶきを上げて落下した。10mほどの大きな波が発生する。
「おおベストショット! 見てください先輩! きれいに撮れてますよ!」
「おう、どれどれ?」
迫りくる高波を斬り裂き、何事もなかったかのように写真を確認するスプリング。
二人の後ろに丁度いい感じに飛び上がる青色の巨大な鯉が写っている。
「いい感じによく撮れたなぁ」
「でしょでしょ! カメラマンの腕がいいのです!」
もっと褒めろ褒めろ!と言わんばかりに胸を張り、ドヤ顔するアストレイア。
その間も再び鯉は飛び上がり、盛大な水しぶきを上げている。
スプリングはアストレイアにずっと思っていた疑問を投げかける。
「コイって『とびはねる』って覚えるんだっけ?」
二人は青色の巨大な鯉『ストームカープ』を見ながら呑気に語り合う。
「最近では覚えさせれば覚えるみたいですよ。でもあれはただの『はねる』なのでは?」
「なにもおこらないはずじゃなかったっけ? 高波が起きてるぞ」
先ほどと同じように軽々と波を斬り裂くスプリング。
「まぁ、あの巨体で跳ねれば波ぐらい発生しますよ。『たいあたり』も『じたばた』も威力高そうですね」
スプリングは、
「あー、そろそろアイツの相手しなくていいのか?」
「あーそうですねー。かわいそうですし、かまってあげますか」
迫りくる高波を斬り裂くスプリングの後ろに隠れながら、彼女は告げる。
「というわけで、先輩ゴーです!」
ドッグトレーナーのようにストームカープを指さし、
「はいはい」
犬・・・ではなく、スプリングは地面を蹴る。空中へ飛び上がった彼は、虚空を蹴り、再び飛び上がったストームカープに向けて剣を振り上げる。
剣がストームカープの巨体を切りつける直前、彼は違和感を感じ、咄嗟に剣を止める。剣の刃はボスの巨体に当たることなく、ボスは重力に引かれて湖に落下した。
スプリングは空中で前転するように回転すると、虚空を踏みしめて蹴り、アストレイアの立っている場所へと戻る。
「先輩気づきましたか?」
アストレイアも何か感じたようだ。戻ってきたスプリングに問いかけてきた。
「ああ。レイアも気づいたのか」
そして二人は同時に気づいたことを述べる。
「ただ飛び上がってるだけです」
「敵意がない」
二人は一瞬沈黙し、相手の言葉を考える。
「まぁ、だいたい同じことですね。飛び上がった副産物の波しかありません。攻撃してきませんね」
「そうなんだよ。ノンアクティブモンスターみたいだ」
二人は腕を組んで悩む。その間もボス、ストームカープは飛び上がっている。波を斬り裂きながらスプリングは言う。
「そういえば、このクエスト名は『
「あ~。このゲームはそういうとこありますよね。Wisdom、知恵が必要なゲームですし」
二人はうんうんと頷く。
「さて、先輩に連想ゲームです。厳密には旧暦とかいろいろめんどくさいですけど、一般的に『5月』と『鯉』で思い浮かぶものは?」
「『鯉のぼり』」
「せーかいです!」
「じゃあ、レイアに国語の問題。『登竜門』の内容は?」
「まぁ、いろいろあるのですが、先輩が言いたいのはこのことですよね。『黄河上流にある滝、竜門を登りきった鯉は龍になる』」
「正解」
今月、5月のクエストのボスが鯉。ボスエリアには滝があり、ボスの鯉は、まるで滝を登るかのように飛び上がっている。30m程ある巨大な鯉。100m程の落差の滝。飛び上がった鯉の高さは滝の半分、約50mだ。
「なぜ滝や台地の名前が『シライト』なんでしょうか? 『リュウモン』とかだとわかりやすいのに・・・」
「さぁな。運営が適当に決めたんじゃないか? それか開発メンバーに熊本県出身がいるとか。確か、熊本県に『白糸台地』と『白糸の滝』って場所があった気がする。二つは全く違う場所にあるけど」
二人は顔を見合わせ同時にため息をつく。
「先輩・・・。あの鯉を滝の上へ登らせることできますか?」
「無理。あのコイが『たきのぼり』を覚えているなら別だが、見た感じ覚えてなさそうだな」
「ですよねー。じゃあ、まだ何か仕掛けがあるんですね。どうします?」
「どうしましょ」
二人は腕を組み、頭を悩ませる。二人が考えている間もずっとストームカープは飛び上がっている。
そして、その度にスプリングは波を斬り裂く。
「よしっ! こうなったら直接本人に聞いてみましょう! 行きますよ先輩」
「おう! ってどうするんだ?」
「いいからついてきてください」
アストレイアは湖へ向かってどんどん歩いていく。スプリングは、そんな彼女に従って、時折迫ってくる高波を斬り裂き、彼女を守る。
湖の目の前に着くと、アストレイアは大きく息を吸い、両手を口に添え、大きな声を出す。
「あのーーーーー! ストームカープさーーーん! ききたいことがあるので、とびあがるのやめてくださーーーーーーーーーーい!」
叫び終わったアストレイアは、ふぅ、と額の汗をぬぐう動作をする。その可愛らしいしぐさに、思わず見惚れてしまったスプリング。
「・・・水の中だけど聞こえるのか? そもそも言葉理解できるのか?」
「さあ?」
あっけらかんと答えるアストレイア。呆れるスプリングは湖の様子が変わったことに気づく。
あれだけ何度も飛び上がっていたストームカープが飛び上がらないのだ。
静けさが周囲を包む。
「聞こえた・・・のか?」
「みたい・・・ですね」
聞こえたのを裏付けるように、水の中から黒い影が二人に近づいてくる。
黒い影は、二人の目の前に来ると、ざばぁっと水をかき分け顔を出す。青色の巨体。
『コイの湖』の
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