第6話 5月クエスト『主を鎮めろ!』その2
「頑張るのじゃぞー」
イベントNPCの老人ゲンに見送られたスプリングとアストレイアは小屋を後にする。そして、方角を確かめ、『コイの湖』がある東へ向かって森の中そ進んでいった。
「いやー、いいおじいちゃんでした」
アストレイアは名残惜しそうに小屋のほうを振り返る。もう木々で見えなくなっている。
「なんか珍しいな。レイアが初対面の人に親しげに話すのは」
アストレイアは基本的に他人と距離を置いている。彼女が気を許すのは家族か本当に親しい人だけである。現実世界でも、男性にタメ口なのは彼女の父親しか知らない。
「あははー。なんかおじいちゃんってあんな人なのかなぁって思いまして。ウチは二人とも亡くなってますし」
アストレイアは恥ずかしそうにする。生まれた時には他界していた祖父に何か憧れがあったのだろう。
「さーて、おじいちゃんオススメのスポット行って、写真撮って見せに行きましょう!」
「そうだな・・・って何か忘れてる気が・・・。っと1時の方向、ウルフが5匹」
何か忘れてる気がして思い出そうとしていると索敵スキルに反応がある。ウルフの群れがこちらに向かってくる。
「雑魚ですね。お任せします」
「了解」
スプリングは剣を抜き、構える。十数秒するとウルフの姿が見え、二人に跳びかかってくる。そんなウルフたちをスプリングは軽くいなし、弱点の首を斬りつける。クリティカルの判定が出てウルフの群れは瞬く間に倒された。
「お疲れ様です」
「おう。疲れてないけどな」
ドロップアイテムの確認をする。スプリングはウルフの毛皮と牙、アストレイアは尻尾だったらしい。ステータス画面を確認していたスプリングは忘れていたことを思い出す。
「あっ! クエストの内容はボスを倒すことだった」
「あぁ・・・。そういえばそんな内容でしたね。おじいちゃんの昔話が面白くて忘れてました」
「だな。まだあと3時間くらいあるからさっさとボス倒しますか」
「イエッサー」
二人は森の中を進んでいった。
道中、道に迷ったほかのパーティと出会ったり、二人よりもレベルが高いギガントボアやレッドグリズリーといったモンスターと戦闘したりした。珍しいハニービーというモンスターに出くわし、巣まで尾行し(スプリングはアストレイアに引きずられた)、沢山のハチミツを手に入れることもできた。
女性は甘いものに目がないということを改めて実感したスプリングだった。
ボスエリアまで歩いてあと10分ほどの距離まで来たとき、二人は背後に視線を感じた。嫌な視線だ。
「レイア」
「はい」
二人は何も気づいていないように振舞うが、いつでも反応できるように警戒レベルを跳ね上げる。そのまま1分ほど何もない状態が続く。そして、突然後ろから魔法が飛んできた。ファイアボールが3つとファイアランスが1つ。
スプリングはアストレイアを守るように前に出ると、飛来した魔法を全て斬り裂き消滅させる。
魔法を斬り裂いたスプリングは、次の攻撃に備えて警戒するが、再び魔法が放たれることはなかった。
しばらくして、魔法の代わりに茂みから現れたのは、4人の男性プレイヤー。20代前半くらいのチャラチャラした若者たちだ。男たちは警戒している二人を見ると、悪びれもせず、どこか演じてるように話しかけてきた。
「いやー、こっちに魔法が飛んでこなかったか? モンスターと間違えちゃってな。すまんすまん」
「いえ。当たらなかったので」
スプリングは嘘をつく。魔法を斬り裂けるのはトッププレイヤーでもほんのわずかしかいない。わざわざ手の内を明かす真似はしない。
「そりゃよかった。お前たち二人か? そろそろボスだろ? 俺たちのパーティに入らないか? 」
「必要ありません。では俺たちは先を急ぐので失礼します」
アストレイアを伴い、スプリングは歩き出す。
「おいおい。ちょっとまてよ」
男たちは二人の前に回り込み、道を遮る。
「なんですか?」
スプリングは冷たい声を出す。そんなスプリングを気にせず、男たちは話しかけてくる。男たちの視線の先にはアストレイアがいる。舐めまわすようないやらしい視線だ。
「ちょっとくらいいいだろ? それにその武器、初心者装備だろ、第4陣の初心者さん。俺たちは第3陣だぜ。俺たちのほうが経験あるから一緒にどうだ? そっちの可愛らしいお嬢さんだけでもいいぞ」
スプリングとアストレイアは顔を見合わせる。確かに、二人が愛用している武器は初心者装備のときから使っているものだ。しかし、何度も鍛え上げ進化させた二人の武器は初心者装備の面影はあるが全くの別物だ。着ている防具も現時点での最高クラスのものだ。彼らはよほど見る目がないのだろう。有名プレイヤーである第1陣の二人は呆れかえる。
「いや、俺たちは攻略とかボス討伐とかあんまり興味ないんで遠慮しときます」
二人は押し通ろうとする。だが男たちが邪魔をする。
「おいおい。先輩の話はよく聞いたほうがいいぜ? そんな冴えない男じゃなくて俺たちと遊ばないか? お前も痛い思いしたくないなら彼女を説得しろよ」
「断る」
「お断りします」
二人は冷たい声で断る。特にアストレイアは絶対零度のような瞳で男たちを睨みつけている。
「じゃあしょうがないな」
そう呟くと男たちは魔法を放つ。放った魔法はすべてスプリングへ向けて飛んでいく。
迫りくる魔法を見ながらスプリングは何もしなかった。魔法が直撃し、体が煙に包まれる。
煙が晴れた時、そこには全くダメージを受けていないスプリングの姿があった。HPも減少していない。
「なぜだ!」
男たちは喚きだした。なぜダメージを受けていないのか全く分かっていないらしい。
「はぁ・・・。あなたたちバカですか? ご自分の上を見たらどうですか?」
「レ、レッドマークだと!?」
男たちの頭上に浮かんでいたのは赤いアイコン。プレイヤーやNPCを
「今のはせいぜいイエローだろ!? なんで俺たちがレッドになるんだ!?」
イエローとは、プレイヤーやNPCを傷つけたが
焦る男たちに向かって溜息を吐きながら、スプリングは説明する。
「俺たちは未成年です。プレイヤーを
Wisdom Onlineでは未成年のプレイヤーは他人を傷つけることもできないし、傷つけられることもない。例外は
未成年に誤って攻撃してしまた場合は、運営の立ち合いの下、被害者が加害者を許せばレッドではなくなる。
だが、スプリングとアストレイアの二人はそんな気は全くない。
「レイア」
「はい」
アストレイアはスプリングの首に腕を回し、しっかりと抱きつく。そんな二人の行動に理解できなかったのか、男たちは問いかける。
「お前たちは何をしてるんだ?」
「別に特には」
スプリングはアストレイアを抱き上げ、お姫様抱っこの状態にすると地面を蹴りつけ、男たちの頭上を飛び越えるとそのまま走り去る。逃げられたことに気づいた男たちの怒号を無視して全力で走る。
抱えられているアストレイアに恐怖の色はなく、むしろ安心してお姫様抱っこを楽しんでいる。
「先輩。もし先輩が成人してたらキルしましたか?」
「・・・したかもな」
彼はボソッと呟く。彼女が魔法の標的になっていた時点で、彼は心の中で激怒していた。彼女が傷つくのを見たくない、ただそれだけのことで当たってもダメージがない魔法をわざわざ斬り裂いたのだ。2回目の魔法は、彼女が標的になっていなかったから何もしなかったのである。
「・・・そうですか」
先輩の心の中はお見通しですよ、といった表情で微笑むアストレイア。そんな彼女を優しく、衝撃を与えないように抱きながら、スプリングはボスエリアへ向けて走るのだった。
全力で2分ほど走ると様々な色に輝く壁が現れた。
「やっと着いた。ボスエリア『コイの湖』」
アストレイアを降ろし、二人で色鮮やかな壁に手を当てる。
『ここから先はボスエリアです。ボスに挑戦しますか?』
許可を求める画面が出現する。
二人は顔を見合わせ、頷き合う。
同時に『はい』という文字を押し、二人は手をつないで、色鮮やか壁を通り抜けた。
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