第5話 5月クエスト『主を鎮めろ!』その1
「さて、行きますか」
「はーい」
二人は今月のクエスト『
転移した先は森の入り口。近くに大きな川が流れている。木々が立ち並ぶ前に古ぼけた小屋が一軒建っている。小屋に入って、イベントNPCから説明を受けなければならないらしい。
「こんにちはー!」
アストレイアが元気よく挨拶する。小屋の中にいたのは一人の年老いた男性。森の管理人だ。
「おお! こんにちは、元気なお嬢ちゃんじゃ。お坊ちゃんもよく来たの。ほれほれ、ゆっくりしなされ」
自分の孫のように出迎える老人。笑皺が目立ち優しそうな顔をしている。嬉しそうにお茶やお菓子の準備を始めた。
準備が終わりテーブルの椅子に座った老人が話を切り出す。
「それでお二人さんはどういった御用かな? 爺とっておきのデートスポットでも紹介しようかの?」
「ぜ、ぜひ! おじいちゃんそれどこにあるの!?」
身を乗り出して話に食いつくアストレイア。それをなだめるスプリング。
「レイア、それは後にしろ。おじいさん、俺たちは暴れている
「ほほほ。お嬢ちゃんちょっと待っててな。さて、今回暴れているのはここらの川の
「なるほど。
「だいたい直径200mかの。詳しくはわからんが。その湖にシライトの台地から滝が流れ落ちておる。名は『シライトの滝』。高さは100mくらいだと思うのじゃが」
「台地の水はどこから来てるんですかね? 地下水?」
どうしても水の出所が気になるスプリング。
「詳しく考えてはいけぬ。ファンタジーじゃ!」
スプリングに向けてサムズアップするNPCの老人。AIとは思えない。
「そうですよ。ファンタジーです!」
アストレイアもサムズアップする。可愛いけどちょっとイラッとする。
「愚問でした。森や川に住むモンスターの種類やレベルはわかりますか?」
「森はラビット種やウルフ種、ボア種、ベア種、スネーク種じゃな。ビートル種、バタフライ種、ビー種も出るぞ。川ではアラパイマ種、ピラルクと言ったほうがわかりやすいかの。あとはピラニア種とカイマン種、キャットフィッシュ種、そしてもちろんカープ種じゃ。レベルはパーティメンバーの平均値プラス10レベルまで。例外はあるがの。他に聞きたいことはあるかの?」
「植物系のモンスターは?」
「おらぬぞ。そこは気にせんでよい」
「おじいちゃん、気を付けることは何かある?」
「おお、もちろんあるぞ。湖へ行くなら川沿いを行かぬ事じゃ。結構曲がりくねっておるのでな。かなり時間食うぞ。行くならここから東へ真っ直ぐ1時間ほどじゃ。木に登ると台地から流れる滝が見えるのでな、道に迷ったら木に登るといい」
「ありがとーございまーす」
「おっと、伝え忘れるところじゃった。森の中はほかのプレイヤーもおるぞ。この小屋とボスエリアは独立エリアになっておる。ほかのプレイヤーが入って来ることもないぞ。森の中ではほかのプレイヤーもおるから気を付けるのじゃな」
「わかりました」
「ほかに聞きたいことはあるかの?」
老人は尋ねる。
「おじいちゃんのお名前おしえてくださーい」
アストレイアの言葉に老人は驚き、そして恥ずかしそうに頭を掻く。
「すまぬの、自己紹介もせんで。儂はゲン。この森の管理人をしておる」
「すみません俺たちも忘れていました。俺の名前はスプリングです。そして・・・」
「アストレイアです。よろしくね、ゲンおじいちゃん」
自己紹介を済ませ、今さらだが握手をする三人。ゲンは再度尋ねる。
「もう質問はないかの?」
二人は質問は無いようで、首を横に振る。
「じゃあ、前置きは置いといて本題に移ろうかの」
ゲンの言葉にスプリングは目を瞬かせる。これ前置きだったの?、と驚く。
「シライトの滝の裏側とコイの湖の底、そしてシライトの台地の上がオススメじゃ」
「えっと・・・何の話ですか?」
訳が分からずスプリングはゲンに尋ねる。
「もちろんデートスポットに決まっておる!」
「決まっているのです!」
ゲンとアストレイアはなぜか胸を張ってドヤ顔してる。
「あぁ、うん、なるほど?」
テンションがなぜか上がっている二人についていけない。まぁ、デートスポットは気にならないこともない。
「詳しく。もっと詳しく教えて!」
目をキラキラさせ、身を乗り出しているアストレイア。そんな彼女にゲンは優しいまなざしで見つめ、とても嬉しそうだ。まるで、可愛い孫に昔話をねだられている祖父のようだ。
「これこれ。詳しく言ったら楽しみがなくなるじゃろ。でもの、さっき言った3つの場所は儂と死んだ婆さんとの思い出の場所じゃ」
「ききたーい!」
「ほほほ。少し昔話をするかのぅ。婆さんはの、村一番の別嬪さんだったのじゃ。彼女のことを好いておる男が多くての、気を引くのは大変じゃった。儂はアピールするためにとにかく魔法を極めた。特にの、水魔法と風魔法が得意じゃったよ。毎日毎日コイの湖に通っては修業をしておった。そんなときに見つけたのが、シライトの滝の裏側とコイの湖の底、そしてシライトの台地の上じゃ」
「それでそれで?」
「頑張って婆さんをデートに誘ったわい。最初は断られたよ。でも儂は諦めんかった。なんとかデートに誘っての、初デートは滝の裏側じゃ。裏側にちょっとした穴があいておっての、そこから見る滝もきれいじゃぞ。で告白したらOKじゃった。うれしかったのぅ。その後も、デートでよく行ったわい。そこでの・・・まぁなんじゃの・・・」
「どうしたの?」
突然言いよどむゲンにアストレイアは首をかしげる。
「ほほほ・・・よく婆さんと愛し合ったのぅ。娘もそこでできたのじゃ」
恥ずかしそうにゲンが暴露する。ほほほ、若気の至りじゃの、と笑っている。
「うわぁ・・・おじいちゃんもおばあちゃんも大胆だねぇ」
顔を赤くしながら、でも興味深げに話を聞いているアストレイア。私も押し倒すべきか・・・でも・・・やっぱり、と百面相しながらブツブツと呟いている。
何か呟いているアストレイアを少し気にしながら、スプリングは話の続きを促す。彼も興味津々なのだ。
「ゲンさん、湖の底でのエピソードは何かあるのですか?」
「湖の底はファーストキッスの場所じゃ。まぁ、滝の裏でもキスはよくしておったがの」
ほほほ、と笑いながらゲンは話を続ける。
「湖の底の地下には空洞があるみたいでの。底にある亀裂に水や砂が流れ込むのじゃ。湖の底にある第二の滝じゃ。水面のほうを見るとまた違った景色が見れるぞ。湖の底はのぅ、上を見るのも良し、下を見るのも良しじゃ」
「じゃあじゃあ台地の上は?」
「そこはのぅ、プロポーズした場所じゃ。台地の上からは森や湖、川といったものが一望できるのでな。特にそこから見る夕陽は絶景じゃぞ。時間があったら見てみるとよい」
まぁ、昔話はこんなとこじゃのぅ、とゲンは話を締めくくる。
「「ありがとうございました」」
二人は頭を下げてお礼を言う。ゲンは照れている。
「こちらこそありがとうじゃ。今までこんな爺の昔話を聴いてくれる者はいなかったのでな。とても楽しかったわい。時間があったら帰りにでも寄っておくれ」
「はーい! じゃあこのヘタレとデートに行ってくるね! 行ってきまーす」
「デート? デート・・・デートかぁ。ゲンさん行ってきますね」
ヘタレじゃない、とアストレイアに突っ込みつつ、何か忘れているように首をかしげながらスプリングはあいさつする。
「男は度胸じゃぞ!」
ゲンは目じりに皺を寄せ、白い歯をニカっと見せて笑い、サムズアップする。
三人は当初の目的からずれていることに気づくのは、しばらくたってからだった。
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