塾日誌
北風 嵐
第1話 階段下の首脳会談-1
内田君は1年の終わりごろ、お母さんに連れられてきました。お母さんはよくいる貫禄のある、くだけたおばさんタイプでした。「この、アホは全然勉強せんと遊んでばかりなんですわ」と云うなり、僕の目の前で横の内田君の頭をポカリと叩くのには、びっくりしてしまいました。叩かれても、こたえた様子も無く、エヘラ、エヘラと笑っている〈ごん汰くれ〉そうなその顔を見ていると、「本当に、大丈夫かいな」と思ったものでした。
何の、成績表を見てみたら、殆どが5ではありませんか。ただ、3学期は国語を除いて4に下がっていました。「こんなに勉強せん子は、付属でも入れとかないと大学には入れません。先生一つよろしく、ゆうこと聞かなんだら、叩いてもらって結構ですさかい」「お前も、頼み!」と言って、内田君は頭をぎゅっと押さえつけられる。その迫力にただただ、唖然としたものでした。
一方、垣内君は2年の1学期途中から来たのですが、お母さんは、キリットした美人で、垣内君は小柄で女の子と間違っても不思議でない感じの子でした。ただ、水泳部にいるとかで、体つきはしっかりしていました。お母さんといい、本人たちといい、何かにつけて対称的でした。もう一人、何が合ったのか2人はすぐに仲良しになりました。引っ張り役は内田君の方でした。
自転車で帰るのですが、二人の帰る方向は反対方向なので、授業が終わったら、階段下でしばし立ち話をするのが慣例になっていました。2階の駅に向かった窓側に移動すると、下からの話しが全部聞けるのです。そうとは知らない二人は、好き勝手なことを「おっしゃいます」。
「今日、先生上手く説明出来なかったので、こっちに八つ当たりやったな」と内田君、「せや、いつもの癖や」と垣内君。
「今日のとこ、分ったか?全然、分らなんだわ」
「あれは、こういうことと違うかな」と、熱心な会話があるかと思えば、
「こんなに、沢山宿題出しやがって、学校の宿題かてあるんやぞ!」と八つ当たり。「腹立ったから、台所に置いてあったポットの中に洗剤たらしといた」どうりで変な味がした。
「今日の先生、冴えてたな、学校で何回説明されても分らなかったとこ、一発やもんなぁ」
「たまに、いいとこあるねんやから、あの短気だけ治したら、いい先生やと思うわ」
上げたり、下げたり。15分ほど好き放題おっしゃいます。これを私は『階段下の首脳会談』と名付けて、ずいぶんと次の授業の参考にさしてもらいました。お蔭で痒い所に手の届く授業が出来ました。文句を言ったところが、次回改善されているのには彼らもしばしば「なんで?」と不思議に思ったことでしょう。「ざまーみろ、年の功より亀の甲」なんだから。
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