第31話 ベールをはがす
昼休み。近頃は暖かくなってきたから、中庭には、めっきり人が増えた。
日当たりのいい位置にあるベンチだけでなく、微妙なところにあるものすら、ちらほらと埋まっている。
だが、それは俺にとって初めての光景じゃない。ポケットには小さく折りたたんだ、秘密兵器が押し込んである。
「は~、意外と賢いねぇ、正宗君」
「忠告しておくが、意外と、ってのはこの場合は失礼な言葉だからな」
「……ちょっと馬鹿にし過ぎじゃない、あたしのこと」
無視して、たった今地面に広げたシートの上に腰を下ろす。一人分のそれは、傍らに購買の袋を置くと、もういっぱいいっぱいだ。
若々しい緑に色づく木の下、周りを見ても同じ様にピックニック気分な集団の姿がある。
華宮は腰に手を当てて、やや身体を曲げて見下ろしてくる。その顔はとても不満そうだ。
「ねえ、座る場所ないんだけど?」
「あるわけないだろ。ハンカチでも敷いたらどうだ。あるいは、教室に戻るか」
「まあ今日は晴れてるから、そこまでスカート汚れないかなぁ」
「……しょうがねえな」
弁当を取り出し空になったビニール袋を、左隣の地面の上に置いた。そのまま、身体を半分以上ずらす。
小柄なあいつが座れるスペースは十分にできた気がする。そうでなかったとしても、これ以上は無理だ。
「さっすが、優しさの人。そうしてくれると思ったよ~」
「座り直すぞ」
「ご、ごめんってば。冗談だから。明日から、あたしも敷物持ってこないとだなぁ」
「普通に教室で食えよ。いちいちついてくるなって」
「そんなこと言ってると、卵焼き、あげないよ?」
「それが脅しになってないことをそろそろ学ぶんだな」
遠慮なく横に腰を下ろしてきた華宮は小包の中身を広げていく。いつもの小さな弁当箱と、他にタッパー。そっちの方は透明で、卵焼きが詰まっているのが見える。
「じゃあ今日はいらない?」
「ああ」
「えー、困ったな。さすがに食べきれないや」
「クラスの連中に配ったらどうだ。喜んで食ってくれるだろ」
「キミもクラスの連中に入るでしょ。同じクラスなんだし」
「取り巻き、って言った方がよかったか」
「トリマキ?」
「わかんないんだったらいい」
気を取り直して、鶏のから揚げ弁当に手を付け始める。真紀さんには、栄養バランスが悪いと、チクリと釘を刺された。その実は、サラダを売りたいだけのように思える。
やがて食べ進めていると、空いている隙間に、卵焼きが発生した。
「おい」
「さっきも言ったじゃん。手伝ってよ」
「作りすぎたのはアンタだろ」
「誰のためにと思ってるわけ?」
「頼んでないが」
「そうですね~。いっそのこと、明日からお弁当作ったげよっか」
「いくら何でもやりすぎだ。ただひたすらに気味が悪い」
「ひどいなぁ、ホント……」
くすくすとあいつは笑いだす。お菓子さに耐えかねて吹き出すように。
その後も、定期的に卵焼きが供給されてきた。楽しげな様子は、完全に調子に乗っている。
睨んでみたところで、笑ってスカされるだけ。
「それにしても、中庭にこんな使い方があるなんて知らなかったよ。結構、人来るんだね」
「まあ普通は教室で事足りるからな」
「正宗君は居場所ないもんね」
「そういう意味じゃねえ」
「アハハ、冗談だって。でも、この間も初めて食堂使ったり、まだまだ知らないことばっかだなぁって。キミといると、色々と学びが増える、増える」
「別に俺じゃなくても変わりないと思うがな」
いつものように、この女は自分の言いたいことだけをぶつけてくる。そこに普段と違うところはない。もっとも、俺がこいつの何を知っているんだということになるが。
ふと、一昨日の夕さんとの会話が脳内で再生される。部活を、体操を辞めた。妖精とまで称されるその姿は見たことないけれど、きっと懸命な様子がそこにはあったんだろう。
こいつにとって、大切な自分の一部。柱のようなもの、それを失ったからこうしてふらふらしている。
これまで新しいことを知ったように、何かが見つかると思っているのかもしれない。俺に付きまとってくるわけは。
怪しまれないうちに、再び箸を進める。まあ隙にすればいい。いずれこいつも、自分の元いた場所に帰るだろうから。
「ごちそうさまでした」
「早食いだよね、正宗君。身体によくないよぉ」
「アンタがゆっくり過ぎるだけだろ。じゃあこれで。シートは後で返してくれ」
「待ちなさい!」
立ち上がろうとしたところ腕をがっつり掴まれた。酷い既視感を覚える。
あの時よりも強い力が籠っている気がする。
「離せよ」
「食べ終わるの待って。おいてかないで」
「その義理はない」
「かっこつけちゃって」
「あ、こんなとこにいた!」
くだらない軽口を叩き合っていると、遠くから「綾芭ちゃん」と誰かが呼ぶ声が聞こえてきた。
待っていると、髪を一つに束ねた女子が姿を見せた。どこか見覚えがあるような気がする。
「ちょっとね、頼みたいことがあって。クラTのことなんだけど。それと生徒会で相談したいことがあって」
「うん、いいよ。今すぐ?」
その女子はこくりと首を縦に振った。そしてちらりと俺の方に視線を向けてくる。どこか申し訳なさそうに見えるが、それは余計な配慮というものだ。
華宮はちょっと中身が残っている弁当箱を片付け始めた。ちなみに、タッパーはすでに空。あったはずの卵焼きは、大部分が俺の意の中にいる。
聞こえてきた内容によれば、どうやらこの女子は俺たちと同じクラスのやつらしい。道理で見覚えがあったはず。
「ということで、おさきね、正宗君」
「鹿久保君、ごめんね、綾芭ちゃん借りちゃって」
借りてくも何もないんだが、と二人の同級生が遠ざかって行く姿を忌々し気に見送った。
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