第27話 似た者同士

 無機質な車内アナウンスが、降りるべき駅の名前を告げた。地下鉄で三駅ほど南に下った先が目的地――つまりはこの街の中心部。

 どちらともなく、俺と華宮は身を翻す。


 車内はぎゅうぎゅうに人が詰まっている。土曜日、お昼近く、混みあう条件として、これ以上のものはなかなかないだろう。

 気を付けていないと、隣と肩がぶつかりそうになる。立ち位置は狭く、パーソナルスペースという言葉は、乗り込んだ瞬間に瓦解した。


 軽いGを感じて、電車が止まった。扉が開くと同時に、一気に人波が流れ出す。

 俺たちもそれに乗る。前の人の足を踏まないように気を付けながら、半よちよち歩きでプラットフォームに降り立った。


「相変わらず賑やかだねぇ」

「本当にげんなりする」

「キミらしいや、って言いたいけど、あたしもちょっとうんざりかも」


 改札を抜けても、波が一気に小さくなることはない。流れに乗ってそのまま北の方角へと進んでいく。

 エレベーターを登った先が、JRの駅構内になっている。そして、東が駅ビル、西が有名百貨店。どちらも人が多く集まる場所だ。


 地上に出た先でも、通行人の数は多い。様々な方向へと、人の流れができている。

 ただ、真ん中では団子状態になっていた。巨大な意思のオブジェは、待ち合わせ場所にぴったりだ。その周りに、いくつかの集団がたむろしている。

 ガヤガヤとした騒音が、非常に耳障りだ。


 俺はあの女の方を振り返ることなく、横へと逸れた。丁度いい感じに手すりと、人が疎らな空間を見つけた。


「で、街に出てきたはいいが、どうするんだ?」

「えっ、お昼食べるんじゃないの?」

「だからどこ行くんだ、って話だ」

「ああ、そっか。そうだよね。ごめんね、察し悪くて」

「別に謝るようなことはないけどな」


 華宮は腕を組んで、首を傾げた。見事な考え込む姿勢。わざとらしいともいえる。


 とりあえず、周囲の様子を観察しながら、奴が口を開くのを待つことに。 


「……ねぇ、キミの方は食べたいものとかないの?」

「ないな」

「だろうね。聞いたあたしがバカでした」


 思いっきりため息をつかれたが、無視することに。


「うーん、お腹は空いてるのは確かなんだけど、いざこうなると……何がいいんだろうね。おすすめは?」

「俺に訊くなよ」

「よく来るんじゃないの?」

「そんなこと、一言でも言ったか?」

「いや聞いたことないけどさ。なんとなく、街で遊んでいるイメージが。不良って、そーゆーものじゃん」

「誰が不良だ。正直、街に出てきたこと自体、かなり久しぶりだ」

「あれ、そうなんだ。クラス会とかは……って、出るわけないか、キミが」


 的確な指摘に、全く返す言葉はなかった。

 そういうのがあるのは知っているが、誘われたことすらない。こちらも断る労力すらもったいないので、都合がよかったのだが。


 それにしても、こいつは俺にどんなイメージを抱いているのやら。学校での素行不良を除けば、その実はただの引きこもりだ。バイトと必要な用事以外、外に出ることは殆どない。


「うーん、あたしもいまいち来ないからなぁ……」


 華宮はその後もしばらく考え込んでいた。時々その内容が、意味を持たない呻き声として漏れてくる。

 俺は手すりにもたれて、欠伸をしながら待っていた。この奇妙な現状に、少しばかり心を痛めながら。


「よし、決めた。あそこ行こう!」


 やがてスマホをしまって、奴は改めてこちらに身体を向けた。そのまま、ついてきて、と歩き出す。


 どこへ連れていかれるのやら。財布の中身を頭に浮かべながら、とぼとぼと就いていくのだった。



          *



「……こんなもんでよかったのか」


 選択肢は、それこそ無数にあったというのに。俺たちは、大手のハンバーガーチェーンに来ていた。

 ……地下街にある。一度、地上に上がったのは何だったんだろう。


 店内はかなり混雑していたものの、座れる場所は何とか見つかった。


「こんなもん、というのはどうかと思います、正宗く――」

「いつまで名前で呼んでんだ、アンタは」

「えー、別によくない? ほら、あたしのことも名前で呼んで……というか、あたしキミに名字ですら呼ばれた覚えないや」

「そうか?」


 とぼけて見せたが、自覚はある。全て意識してのことだった。

 華宮と呼ぶのは、なんだかひどく背中がむず痒くなるのだ。適当にあしらっとけば、そのうちいなくなると思っていたから、完全にタイミングを逃した感もある。


「まあいいか。はい、じゃあ呼んで」

「は? その必要がないだろ」

「あ、照れてるのね! そうだよねぇ、正宗君、照れ屋さんだもんねぇ」

「照れてない。勝手に人に変なキャラ付けするな」

「じゃあ呼べるでしょ。ほら、綾芭ちゃんって」

「百歩譲って名前はいいとして、どうしてちゃんまでつけなきゃならないんだ……」


 心底呆れながら、二個目のチーズバーガーに齧りついた。


 奴はニコニコしながら、ポテトを摘まんでいく。よほど気に入ったのか、口に入れるたびにぐっと目を細めて幸せそうな顔をする。


「そんなに大層なものかねぇ」

「むっ、バカにしちゃダメだよ。だって全国どこにでもあるわけでしょ? それってすごいことじゃない!」

「どの立場からコメントしてんだよ」

「それに、あたしこういうところ来るの初めてだから」

「……はいはい」

「うわっ、本気にしてないでしょ」

「アンタ、学校一の人気者なんだろ。だったら、友達と遊ぶ機会なんてたくさんあるじゃないか」


 皮肉交じりに吐き捨てて、烏龍茶を口の中に含んだ。


 何でもない言葉のつもりだったのに、華宮はどこか微妙な表情を見せた。


「そんなことないよ。今までは体操で忙しかったから、ほとんど誰とも遊べなくて」

「……そうか」

「まあでも、休部してる今は、こうして何するのも自由だけどさ」


 一瞬覗かせた暗い雰囲気をかき消すように力強く言い放って、華宮は満面の笑みを浮かべた。


 俺に目には、それはどこかから元気に映ったものの、かけるべき言葉なんてわからなかった。

 ただ曖昧に、調子を合わせて頷くだけ。


「ね、食べ終わったらどうしよっか。こんな感じだから、あたしはキミに任せるよ」

「さっきも言っただろ。俺だって、わざわざ街まで出てこないんだ」

「そっか。じゃああたしたち、おんなじ変わり者同士だね」

「一緒にするな」


 いつものように、華宮は朗らかに笑い飛ばした。


 他人と交われなかったあいつと、交わるつもりはない俺。

 まるで正反対だ。学校での過ごし方を取ってもそう。

 なのに俺は、華宮の言葉を心の中では完全に否定できないでいた。見え隠れする奴の影のような部分が、どうにもその像をぼやかして仕方がないのだ。

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