第5話 無邪気VS理屈屋
「しかし不思議だ! あの鹿久保君とこうしてお話しできるなんて」
「あの、ねぇ」
たぶんに含みのある言葉に俺は薄く笑う。
すると、華宮はちょっと目を見開いた。
「あ、変な意味じゃなくてね。ほら、鹿久保君ってその………………」
「周りから浮いてるって言いたいんだろ。変な気は回さなくていい。紛れもない事実だから」
「や、そういうことを言いたかったわけじゃなくてですね。その、ええと、なんて言ったらいいのかなぁ」
うーん、華宮は腕組みをして考え込み始めてしまった。目を瞑ったり、首を傾げたり、手をあちこちに動かしてみたり、かなりせわしない。
コーヒーを飲みながら、のんびりとそれを観察する。しかしこうして黙っているのに、平時のやかましい感じがわかるのはなかなかだな。
「……大人びてる?」
「どこが?」
「違うかぁ。えぇー、なんて言ったらいいんだろ? あたし、国語苦手なんだよなぁ……」
段々と、その表情が苦悶していく。正直、見ている分には少しだけ面白い。
しかし、助け船を出してやることにした。マイナスのイメージを持っていないのは伝わった。
「もういい。第一、他人にどう思われていようが、関係ないしさ」
「あっ、それだよ、それ! そういう感じの人のこと、なんて言うんだろう。ザ・我が道を征く、みたいな……」
「……さあな」
ぱっといくつかの言葉を思いついたが、自分で言うことじゃない。
あの女はまだうーうー呻いていた。……大丈夫か、こいつ?
「考え過ぎて、気持ち悪くなってきた」
「……アンタ、アホだな」
「むっ、アホとはなんですか、アホとは! アホじゃないもん、あたし」
「その言い方がものすごいアホっぽいぞ」
今度は喚き出す華宮。非常に感情表現豊かだ。だからこそ、あんな路上で泣いていたわけだろうが。
ただ、改めて思い返してみると、ズレはすさまじい。学校で会ってからここまで、こいつが底なし沼のように明るい性格だというのはよくわかった。
それがなぜあんな場所で一人泣いていたのか。悩みがあるなら誰かに打ち明けたりしないのか。いかにも友達は多そうなのに。
もっとも数が問題ではない、そういう一般論が存在するのは事実。
ただ、この問題については俺が首を突っ込む余地はない。他人の事情に関わると、どちらも痛い目しか見ないのは、経験から学んだことだ。
「キミって、本当にイジワルだね!」
「そうだな。帰ってもいいんだぞ」
「その手には乗りませーん!」
「どの手だよ……」
今俺は何もしてないと思うんだが。この女には違うものが見えている、あるいは聞こえているらしい。
頭痛くなってきた……カフェイン摂ってるのにも関わらず。
芝居がかったふくれっ面をやめると、華宮はクリーム色の液体を攪拌し始めた。グラスの中で、ぐるぐると渦が起こり、からんからんと氷が涼やかな音を立つ。
無邪気な笑顔を浮かべるクラスメート。こういうのをまさに、天真爛漫と呼ぶのかもしれない。
「でも、案外、鹿久保君も普通の人だねー。ずっと、おっかない人だと思ってたから」
「おっかない……そういうことは、直接本人には言わない方がいいと思うぞ」
「でも怒ってないよね? 鹿久保君が実は心優しい人だってちゃんとわかってますから!」
うんうんと何度か頷いてから、奴は自信満々といった風に顔を輝かせた。ちょっとだけ胸を張っている。
なにを検討外れなことを言ってやがる……コーヒーが余計苦く感じた。
「うわっ、ろこつに嫌そうな顔してる。だってさ、そうじゃなきゃあたしに声かけたりなんかしないでしょ」
「あんなのただの自分へのアリバイ工作だ」
「ありばいこうさく? どういう意味?」
「……深い意味はねーよ」
「えー、気になるんですけど!」
奴は腰を浮かせ前のめりになってきた。
危険を感じて、咄嗟に身を引く。椅子席に座っていてよかった。
「ただ自分が嫌だっただけだ。あのまま通り過ぎるのが。俺のためにやっただけ。アンタのことを慮ったわけじゃない」
「オモンパカルっていうのがよくわかんないけど、照れ隠しっていうのはわかるよ」
「だからちげーって」
「ふふ、素直じゃないなぁ、キミは」
勝手なことを口走って、奴は一人納得している。そのまま楽しそうに、またグルグルとストローを回し始めた。微笑ましいものでも見るような表情で。
「あれだね、ツンデレ?」
「気持ち悪いことを言うんじゃねえ!」
「あはは、怒った、怒った!」
けらけらと笑い飛ばしてくる女に、戸惑いと呆れ、さらには苛立ちが募っていく。それらは見事に入り混じって、如何とも言えない感情を形作った。
「アンタは本当に人を食ったような奴だな」
「ええっ! あたしそんなリョーキテキじゃないよぉ〜」
「喩えだ、喩え! いちいち真に受けるんじゃねえ」
「そっちこそ、いちいち回りくどい話し方しないでくれるかな!」
奴はなぜかむすっとした表情を見せた。
豊かすぎる感情表現に、そろそろついていけなくなってきた。
「こんなに盛り上がれるんなら、もうちょっと早く話しかければよかったなぁ」
「どうやら、俺とアンタで『盛り上がる』の定義が異なるらしいな」
「ああっ、もう、またそう言う言い方して。ひねくれてるねぇ」
「それで結構だ」
奴の笑い声と、俺のため息が綺麗に重なった。
*
店を出て、すぐに華宮はこちらを振り返った。
夕闇を通り越し、辺りは夜に近づきつつある。通りを走る車の数も増えた。
「それじゃああたしこっちだから」
「ああ。気を付けて――」
つい反射的に出てしまった言葉を慌ててしまいこむ。
だが手遅れだった。奴はにやにやとおちょくるような笑みを浮かべた。
「ちゃーんと、気を付けて帰りますとも!」
「……うるせーよ」
堪らずそっぽを向いた。なおも向こうはニヤニヤしている気配があるが、断固として無視だ。
「やっぱり素直じゃない」
「うるせえって」
「あ、そだ。明日は、ちゃんと朝から来るんだよ?」
「なんでそんなこと言われないといけないんだ」
「クラス委員ですから、あたし!」
「それは、他人の生活に口出しする権限は持ってないと思うが」
「また屁理屈こねてるよ……」
あの女は一つ長く息を吐いてかぶりを振った。
「ともかく、朝から来ないんだったら、お金返しません!」
「今度は犯罪予告ときたか。警察に通報しとくからな」
「……い、今のは、その、喩え! そんなこともわかんmないのかなぁ、困るよ」
「アンタが比喩を使いこなせるようになったことに、感動してるよ」
「でしょ!」
ドヤ顔。やはり、この女に皮肉は通じなかったか。
「じゃあね、鹿久保君。…………またあしたっ!」
念を押すように、華宮は言い放つ。
俺はそれに何も返さず、踵を返すのだった。
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