第2話 二度目尽くしの昼休み
「学校舐めるのも、大概にしなさい!」
電話口から聞こえてきた声には、多分に怒りが含まれていた。思わずぐっと顔を顰めてしまう。意味はないのに、スマホを押し当てていない方の耳を塞いで。
とりあえずテレビは消した。
テーブルの上には食べかけのカップ麺。昼飯には真っ当な時間だった。
まだ一口、二口しか食べていない。恨めしげに、発泡スチロール容器を睨む。
「どうして引き返したりなんかしたわけ!? 四時間目には行く、と言ったのはあなたでしょう!」
……驚いた。どうしてそのことを知っているのだろう。これはてっきり、無断欠席したことに対する、お咎めの電話だと思ったのに。
心当たりは一人しかいない。通学路で泣いてた、あの変な女。
だが、どうしてピンポイントにこの人に話が伝わっているのか。犯人に目星はついても、その理由はわからない。
いや、可能性としては――
「ちょっと! 聞いてるの!?」
「……先生、あんまりがみがみしてると、老けますよ」
「誰のせいだと思っているの! 余計なお世話よ!」
相手の語勢は強いまま。いつもよりも三割増しで怒っている気がする。
俺が原因なのは重々承知だが、こんなにも声を荒らげていると、心配になる。あの、ひりついた空気感が特徴的な大部屋ではこうはいかないはずだ。
「で、具合でも悪いわけ?」
「いえ別に」
「じゃあなんで?」
「なんとなく」
電話越しにでも、息を呑んだのがわかった。
実際には、授業が始まってしまったから。それとあの泣き虫女のせい。それを言ったところで、呆れられるのは目に見えている。
「……とにかく、ちゃんと午後からは来なさい!」
「はいはい、わかりました」
「ぞんざいに答えない!」
「承知いたしました、濱川先生」
今度はため息が聞こえてきた。その表情は容易に想像がつく。
「全く、調子いいんだから……このことはしっかりあの人にも伝えておくからね」
「それが脅しにならないことは夕さんが一番知ってるだろうに」
「担任を呼び捨てにしないの!」
「あの人、なんて言ってる時点で、とっくにその面は捨てたんだと思ったけどな」
「~~~~っ!? と、とにかく御兄様にも連絡させていただきますから!」
いきなり電話は切れた。戻ってきたリビングの静寂が、やけにはっきりと聞こえる。
(こんなことなら着替えるんじゃなかった……)
スウェットだから脱は容易とはいえ、着の方は少し面倒だ。
億劫な気分になりながら麺を啜る。
「…………まずい」
※
昼休み。学園全体は賑やかだ。
だがこの大部屋は静かで、相変わらず独特の緊張感が漂っている。
いくつか島ができていて、やや空席が目立つ。
「あたしが言うのもなんだけど、よく来たわね」
担任は腕と足を組んで座っている。少しだけ身体をこちらに向けて、身体を大きく背もたれに預けながら。
俺も全くそう思う。本当に馬鹿らしい。ただ一度気持ちをリセットしたのだと考えれば……いやなおさらげんなりする。
普通に寝ればよかった。あの電話を無視できたのに。変に気づいてしまい、してが相手だったから出ざるを得なかった。
「俺としても、あまり不用意な欠席はしたくないんで」
「そもそも気軽に休むな! 遅刻もそう!」
「……善処はします」
いつもと同じ言葉を吐いて、頭を下げた。
奥に座る学年主任の顔が少し曇ったように見えたが、気のせいだと思いたい。四月だというのに、もう一回、やつからの呼び出しを食らってる。次は面倒だ。
「で、もう一回訊くけど、なんでまっすぐ来なかったの」
「先生、それ三回目です」
「いちいちアゲアシを取るなっての……」
濱川先生はぐっと顔をしかめて、そう吐き捨てた。
外見は可愛いのにちょっと粗っぽい、というのはう我が身内の談。
「逆に訊きたいんですけど、なんでその話を知ってるんすか?」
「なんでって、そりゃあねえ…」
そんな仏頂面を見せつけられても困る。おかしなことを言ったつもりは微塵もなかった。
そのうちに唸り始めるんじゃないかという雰囲気で、彼女は顔を強張らせ続けていた。だがある時「あっ」 という呟きがその口から漏れた。
「なるほど、こりゃ傑作だわ。はるく——お兄様にも教えてあげないと」
「ここ学校ですよ、色ボケ教師」
「次言ったら張っ倒す」
とても高校教師とは思えない言葉だった。
校舎はふざけた構造をしているから、意外と職員室から教室に行くのは面倒だ。しかも昼休みとあっては、なおさら迂遠な気持ちになる。
だから普段はこの時間には登校しない。
……それ普通だから、と言われたら閉口するしかないけども。
(あいつは……)
教室の入り口から、大きな人だかりが見えた。でもそれはいつもの光景。俗称『陽キャ』の集まり。
爪の先ほどの興味もない。気に留めたことは一度もない。ただ風景として知っているだけ。どこの教室にもある、とてもありふれたもの。
そのまま素通りすればいいだけなのに、今日はその一団がとても目についてしまった。
「やっほー、鹿久保くん!」
輪の中心にいる女が、大きく手を振ってくる。これ以上ないくらいの満面の笑顔。
その顔にはさすがに見覚えがあった。およそ一時間ほど前に声をかけてしまった、あの変な女。
その姿を見て、ずっと持っていた疑問が氷解する。そりゃあ、同じクラスなら告げ口もするよな……
「あれー、鹿久保君、聞こえてないのかなー」
二度目の呼びかけに、教室の中は激しくどよめき始めた――
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