第77話 アルフォート視点
「……っ!」
疫病、辺境伯の口から出たその言葉に私は、目を瞠る。
疫病で辺境伯が苦しめられていたという事実が、私は信じられなかったのだ。
私の知る限り、マルレイア辺境伯領は決して貧しい領地ではなかった。
辺境の中では、ほとんど王国からの援助金もなく開拓もままならない場所もあるが、マルレイア辺境伯は成果も出している歴史ある家だ。
他の貴族なら致命的となる疫病でも、辺境伯ならば対応は可能だろう。
辺境伯が苦しむ規模で疫病が発生していたのならば、私の耳に入られねばおかしい。
「……っ! そうか」
私がある答えに行き着いたのは、その時だった。
その答えを私は辺境伯に確認するため、口を開く。
「二年前の大増税の煽りを受けましたか」
「……ああ」
私の言葉に、辺境伯は頷く。
その姿に私は、思わず唇を噛みしめていた。
大増税、それは四年前に若くして王位に着いた新国王が、自分と敵対する勢力を排除した際、領地をもつ貴族に対して行った増税だった。
結果、侯爵家を除き、公爵家から辺境伯までに今までにない大増税が強いられ、次々と貴族達が財政難に陥ることとなった。
侯爵家との取引を断る貴族達が爆発的に増えた一番大きな要因は、その大増税だろう。
憎々しい国王の姿を思い出し、私は苦々しい思いを抱く。
が、それ以上に私はマルレイア辺境伯領を襲った不幸に、同情を隠せなかった。
「大増税と疫病が重なるとは……」
「あの時は自分の不幸を呪った。……が、疫病があれだけ辺境を脅かしたのは、大増税が理由だけではない」
その瞬間、辺境伯の顔に浮かんだのは隠しきれない悔恨だった。
「侯爵家の行った不正にさえ気づいていれば、あそこまで民を危険に晒すことはなかったのだろう……」
「なっ!?」
かつて辺境伯が手紙で教えてくれた話が、私の中繋がったのはその時だった。
ある病が流行った時、カーシャが不正していたせいで対応が遅れた、それが辺境伯に教えて貰った話。
そして、そのある病というのは疫病のことだったのだろう。
辺境伯の受難に、私は思わず言葉を失う。
普通の貴族であれば、一つでさえ財政難に陥りかねない苦難が二つ。
ダメ押しとばかりに、カーシャの不正まで明らかとなった。
そのことに衝撃を隠せない私に、辺境伯は口を開く。
「……そんな顔はしないでくれ。大増税と疫病に関してはともかく、不正に関しては私の自業自得でしかないのだから」
まるで自分を自嘲するように笑いながら、辺境伯は告げる。
「妻が亡くなって茫然自失となっていた。妻に家の経理に関して全て任せていた。戦ばかりの辺境伯領では、経理が得意なものがいなかった。言い訳ならいくらでも見つかる」
淡々と言葉を羅列していた辺境伯の語調には、いつの間にか熱がこもっていた。
自分自身に対する怒りが、伝わってくる。
「……だがそんな言い訳では、私が不正を致命的になるまで見逃していたせいで民を危険に晒した事実は変わらんのだよ」
その辺境伯の言葉に、私は何も言えなかった。
カーシャが辺境伯夫人が亡くなった隙を見て不正を行ったに違いない、そう言っても辺境伯にはなんの慰めにはならないだろう。
今までの会話だけで、どれだけ辺境伯が民を大切に思っているのかを理解できたからこそ、私はそれを確信できた。
悔恨を滲ませた辺境伯の言葉に、私はただ無言で聞き入ることしかできない。
「あの不正の金額が辺境伯にあれば、いや、不正に気づいてあの金額がない想定で動いていれば、それだけで疫病に対して私は適切な対応ができただろう。けれど、それに気づいた時は既に遅かった。もう疫病は一部の地域に広がっていたのだから」
そんな私に、辺境伯は言葉を重ねていく。
まるで、自分自身の罪を刻みつけようとするかのように。
「エレノーラ様が辺境に現れたのはその時だった……」
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