第78話 アルフォート視点
更新遅れてしまい、申し訳ありません……
◇◇◇
辺境伯の話に、知らず知らずの間に私は息を飲んでいた。
辺境伯の中、後悔の色がさらに強くなったのに気づいて。
「……が、最初私はエレノーラ様を拒絶した」
辺境伯はまるで自分の罪を独白するかのように言葉を告げる。
「侯爵家の手先だから、現れた強欲令嬢と呼ばれる女性だからと、私はエレノーラ様の話をろくに聞かずに辺境から追い出した。……それが辺境を侯爵家から守る最善だと思い込んで」
それは、たしかに愚かな行為だった。
エレノーラの能力を、彼女が持つ知識を知るからこそ、私はそう分かる。
が、辺境伯を襲った状況を考えれば、辺境伯の行為をただ愚かなことだと、批判することは私にはできなかった。
新国王による大増税と疫病が重った時、侯爵家の横領が明らかになり、状況が最悪となった。
その結果、侯爵家との交易を辺境伯が断絶すると判断したのは当たり前のことだろう。
そんな時に、貴族社会の評判も良くない侯爵夫人が辺境に現れれば、何か下心があると判断するのが普通だ。
少なくとも、その時の辺境伯の判断を間違いだと私は断言できなかった。
故に私は、言い淀む。
「それ、は」
「いや、私が愚かだったのは紛れもない事実だ。……だが、そんな愚かな私の行為を受けてもなお、エレノーラ様は辺境を見捨てはしなかった」
辺境伯の纏う雰囲気が変わったのは、その瞬間だった。
今まで纏っていた自分に対する怒りの代わりに、感謝を滲ませ、辺境伯は言葉を続ける。
「エレノーラ嬢は、自分の身に降りかかる危険さえ厭わずに疫病を……」
「……っ! 危険!」
その辺境伯の言葉に、私は思わず声を上げていた。
その私の言葉に、気まずそうな表情を浮かべ、辺境伯が告げる。
「……エレノーラ様は疫病が流行っている地域に直接やってこられ、疫病が広がらないよう隔離や重病人に対処してくださったのだ」
「……え?」
「それがなければ、疫病の被害はもっと莫大なものとなっていただろう。それこそ、王国中のものが知ることになってもおかしくないほどの」
エレノーラが疫病の発生地に自ら訪れていた、その言葉に私は少しの間衝撃を隠せなかった。
疫病とは一つの病を指すものではない。
最悪国を転覆させかねないと判断された病が、疫病として認識されるのだ。
その要素は大きく二つ。
かかれば命に関わることと、感染力が非常に強いことだ。
「なんで、そんな所に自ら!?」
それを知るが故に、私はエレノーラの行動に驚愕を隠せなかった。
普通の貴族であれば、領地が疫病に侵されたと聞けば、対処も考えす逃げるものさえいる。
そんな中、自ら疫病に侵されることすら覚悟し、疫病の真っ只中に押しはいるなど、正気の沙汰てはない。
が、最終的に私の胸を支配したのは、仕方がないという感情だった。
「……本当に、あの人は」
そう苦笑を浮かべる私に、辺境伯は何も言わなかった。
少し経って、まるで独り言を話すように、話し始める。
「後で聞いた話ではあるが、エレノーラ嬢は辺境にたどり着いてすぐ、病人を隔離した後、外国にある疫病に対する薬を手配したと宣言したらしい。……普通に考えれば、どれだけの入手するのに手間がいるのか、考えられないような薬を」
そう話す辺境伯の顔に浮かんでいたのは、隠しきれない感謝の念だった。
「そしてその言葉通り、エレノーラ嬢が薬を用意してくれたお陰で、疫病の被害を最小限で抑えることができた」
話す内、辺境伯の顔つきが変わってきたことに気づく。
辺境伯の表情に滲み始めたのは、強い決意だった。
まるで何かを誓うかのように、いや、表明するように辺境伯は告げる。
「だから私はその恩を絶対に返すと決めたのだ。私の態度にも関わらず、命をかけて辺境を救ってくれたエレノーラ嬢に」
──私が納得を覚えたのはその時だった。
エレノーラがあれだけ大きな商会を、あれだけの期間に立ち上げられた理由、それを私はエレノーラの知識故のものだと思い込んでいた。
実際、エレノーラの知識はこの国でもトップレベルだろう。
必死に外国の知識を学び、この国にはない、疫病への対処法をしり、独自の情報網を築き上げ、公爵家とアルトの商会を結びつけたのは、その類まれなる情報収集能力の証拠だ。
その上、情報の得方を学んだからこそ、エレノーラの能力の高さを私は知っていた。
だが、その能力の高さはエレノーラという人間の一部だったのだと、今になって私は理解する。
命をかけて、疫病を対処し辺境伯にこれだけの恩を売りながら、エレノーラはまるでそれを意識していなかった。
その態度は、エレノーラに関しては、自分のしたことは当たり前のことだったからではないのか?
それは、常に人のために動いていなければならないような思考だった。
「命をかけて人を助けるのが当たり前、か。一体エレノーラ様はどれだけの人を助けて……」
そう呟いた時、自然と私の口元には笑みが浮かんでいた。
その行いこそが、彼女を味方する数々の人達だと、そう理解できて。
私の頭に蘇ったのは侯爵家を潰すにあたって、協力してくれた様々な立場の人々の姿だった。
自分の立場を省みず、エレノーラを助けるために動いていた彼らを思い出し、私は小さく呟く。
「……全ては、エレノーラ様の行いが巡った結果か」
彼らがいなければ侯爵家を──王家唯一の跡継ぎと認定されたあの一族を潰すことはできなかった、そう私は理解していた。
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