第76話 アルフォート視点

 侍女に案内され、向かった客室には老執事と共に座る辺境伯の姿があった。

 扉が開く音で私達の存在に気づいた辺境伯は、椅子から立ち上がろうとして。


「……アル、フォート様?」


 私達の格好に辺境伯が気づいたのは、その時だった。


 そう、現在私とバルドは商人の服のまま、マルレイア辺境伯の前に立っていた。

 私の姿を見た辺境伯の顔に、戸惑いが浮かぶ。


 それは、私とバルトが前もって話し合っての行動なのだから。

 今まで、公爵家はアルトの商会と繋がりがあることを頑なに隠してきた。

 お互いが成長するために、それが一番よかったからだ。

 だが、その公爵家も商会もかなり大きくなった今、状況は変わってきている。


 もしかしたら、商会と繋がりがあることを公表しなければならない状況がやってくるかもしれないのだ。

 そのために前もって公爵家と商会が繋がっていることを知らせる存在を作っておこうと、私とバルトは決めており、その相手をマルレイア辺境伯と決めていたのだ。

 マルレイア辺境伯ならば人柄、その権限的にも決して悪くないし、立場的にも公爵家と敵対することはまずないだろうと。


 それに何より、マルレイア辺境伯がエレノーラを助けるために一番動いていたことを知るからこその判断だった。


 私はマルレイア辺境伯へと、笑って告げる。


「マルレイア辺境伯、この場ではアルトと及びください。ただの商人のアルトとして扱って頂けると幸いです。ただ、外には他言無用でお願い致します。」


「なっ! アルトといえば、あの大商会の……! 分かりまし……いえ、分かった」


 私の言葉に全てを理解したマルレイア辺境伯はどこか居心地が悪そうな態度でありながら、それでも私の要求に応じてくれる。

 それを確認してから、私は改めて頭を下げた。


「まず、複数の貴族との面会を取り成して頂いた件、本当にありがとうございました。あれがなければ、ここまで上手くいったかどうか……」


 ソーラスへと渡した数々の犯罪の証拠の一部に、エレノーラに見せた書類に署名してくれた貴族達。

 それらは、目の前のマルレイア辺境伯の力添えがなければありえなかったものだった。

 特に署名に関しては、あれがなければソーラスを追い詰めるのに、後数ヶ月はかかっただろう。


 ……そして、ソーラスにとどめを刺した爵位返上についての書類もまた、王族から引き出すことはできなかったのだから。


 故に私は、心の底からのお礼を辺境伯に告げる。

 だが、その私の言葉を受けて辺境伯の顔に浮かんだのはまるで後悔を抱いているかのような表情だった。


「……いや、私にはあれだけしかできなかった。決して誇るようなことではない。彼女に、エレノーラ嬢に辺境を救ってもらったことと比べれば、些細なことに過ぎないのだから」


 私の中、好奇心が膨れ上がったのはその時だった。

 辺境伯が必死にエレノーラ様を助けようと動いていたことに関しては、私は知っている。

 しかし、その動機に関しては辺境伯にエレノーラが恩を売ったとしか、知らない。

 一体エレノーラは辺境伯にどんな恩を売ったのか、私はつい辺境伯に尋ねる。


「良ければ、おきかせ頂けないでしょうか? 一体エレノーラ様は、辺境で何をしたのか?」


 その言葉に一瞬辺境伯が黙りこむこととなった。

 辺境伯の態度に、私は聞づらい質問をしてしまったことを理解する。

 けれど私が行き過ぎた質問だったと謝るその前に、辺境伯は口を開いた。


「……人に聞かせるには、あまりにも情けない話ではあるが、それで良いならば」


 私はただ無言で頷き、辺境伯の問いに答える。

 そして辺境伯は私に、話し始めた。


「エレノーラ嬢がいなければ、辺境は大きな被害が出ていただろう。──辺境を襲った疫病によって」

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