第75話 アルフォート視点

「……伯爵家も最後まで気を抜けないか」


 そう告げた私は内心の憂鬱を示すように溜息を漏らす。

 伯爵家の今後が決して明るくないことは確定している。

 侯爵家の威を借り、好き勝手やってきた伯爵家をまともに扱おうとする貴族はいないだろう。


 さらには、エレノーラがスカウトした商会の面々を追放したことにより、伯爵家の商会もほとんど機能していない。

 伯爵家が潰れることは、時間の問題だ。


 ……が、それでも最後まで気を抜くことはできないらしい。


 そのことを理解し、私の顔が歪む。

 できるだけ早く、伯爵家には釘を刺しにいかなければならないだろう。

 その判断の元、私は頭の中で計画を立て始めて、その前に釘を刺しておかなければならない存在に思いついたのはその時だった。

 そばに立っていたバルトに、私は半目で告げる。


「そういえばバート、いくら重要な情報だとはいえ、部屋の前で聞き耳を立てるのは感心しないな」


 バルトの顔に驚愕が浮かんだのはその時だった。

 あのタイミングの良さで、まるでエレノーラを妨害するように入ってきたバルトを見て、それが分からないわけがなかった。

 せめてもう少し隠そうとはしないのか、そういう気持ちも込めて睨む私に、バルトは白々しく口を開いた。


「心外ですね。私はそんな理由で聞き耳を立てませんよ」


 ……どの口でそんなことを言うのか。

 今までにない杜撰な言い逃れをしようとするバルトを追い詰めるべく、私は口を開こうとする。

 が、まだバルトの言葉はまだ終わっていなかった。


「私が聞き耳を立てていたのは、全てアルト様がヘタレた時すぐにフォローするためなのですから!」


「なお悪い!」


 次の瞬間、真剣そのものでそう告げたバルトに私は思わず叫び返していた。


「お前がマリーナさんに、その悪口を広めたのか……! だからいつも言っているだろう! 私はヘタレなどではないと!」


「そう、ですか?」


 私の力強い言葉に、バルトは疑問げな様子を残しながら一度は頷く。

 だが、ねじ曲がった性格のバルトがそこで引き下がることはなかった。

 バルトは私と同じような商人の服のポケットから、何かを取り出しながら呟く。


「……エレノーラ様を公爵家に引き入れることで徐々に距離を縮める、なんて回りくどい作戦を考える人はヘタレと言われても仕方ないと思うんですがね」


「……っ!」


 ──バルトの持っているもの、それは私がエレノーラと距離を縮めるにあたって入念な準備を書き記した手帳だった。


「なっ!? な、なんでお前がそれを!」


 羞恥に顔に熱が集まってくるのを感じながら、私はバルトから手帳を奪い取る。

 しかし、バルトから送られてくる生暖かい視線からも、見られた部分が一部でないことは明らかだった。

 そんなバルトに、私は必死に言い訳する。


「ち、違うからな! あくまで、エレノーラ様を公爵家に誘ったのは、いきなり告白するのは負担をかけそうと思ったからで……」


「下心満載の公爵家に入らないか、という申し出を善意だと捉えられた挙句、エレノーラ様に断られていた時は吹き出すのを堪えるのに必死でしたよ」


「やめろぉお!」


 バルトの胸倉を掴み、必死に私は言葉を中断させる。

 もはや、私の顔は羞恥で真っ赤だった。


 ……本当にどうして、よりにもよってこんな腹黒にあんな場面を見られたのか。


 口振りからして、告白の場面は見られていないのだろうが、もはや私の羞恥心は限界だった。

 私は必死の形相でバルトに告げる。


「いいか、この手帳に関しては絶対にエレノーラ様にいうなよ」


「(ニッコリ)」


「くっ! いいから絶対に……」


「あ、あの……」


 遠慮がちがちな女性の声が響いたのは、その時だった。

 ぎこちない動きでそちらを見ると、こちらから気まずそうに目をそらす侍女の姿がそこにあった。


「……マルレイア辺境伯様がご到着しました」


 そしてその侍女から告げられたのは、待ち望んでいた人間の到着の知らせだった……。

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