第73話 アルフォート視点
「……体調がまだ優れない今、思いを告げるつもりなどなかったのだがな」
そう私が呟いたのは、エレノーラの休む部屋を後にしてから、少し歩いた廊下でのことだった。
エレノーラの部屋を出た瞬間から顔が熱くてたまらない。
とはいえ、何とか醜態を晒さずに部屋を後にできたことに、強く安堵を抱く。
……が、エレノーラに隠せたからと言って、私が感情に身を任せて思いを吐露した事実は消えることはない。
「ここまで自分を抑えられないとはな」
たしかにエレノーラは以前あった時よりも明らかにやつれていた。
それでも、その美しさは変わらなくて、彼女が打ちのめされている様子を見た時、自分の中でエレノーラに対する衝撃を抑えられなくなったのだ。
様々な状況の変化がエレノーラのに重なる今の時期は、心労を考えて自分の思いは伏せておこうと決めていたことも忘れて。
ふと私は、自分の格好を見下ろす。
来ている服は裕福な商人だとは分かっても、貴族はだとは分からないような衣服だった。
こんな姿を見ても、私を公爵家当主アルフォートだと理解できる貴族は少ないだろう。
例え、アルフォートの姿を見ていた人間であってもだ。
トップレベルの商会と公爵家当主が同一人物という秘密が、紹介と公爵家を同時に発展してきた理由だ。
そしてその秘密を守るため、私は常に気を回している。
「気づかれるまで、一体どれだけの猶予があるか」
……だが、エレノーラには、直ぐに気づかれるだろうことを私は確信していた。
アルフォートの姿で、エレノーラとあったことはない。
しかし、署名の書類というあれだけ決定的な証拠を渡して、エレノーラが気づかないとは考えられなかった。
そしてその事実がエレノーラに少なからず衝撃を与えるだろうことも、私は理解できていた。
にも拘らず、私は自分の思いを抑制することができなかった。
そんな自分に、私は自嘲の笑みを零す。
「……どれだけ初恋を抱えていれば気が済むのだろうな」
私の頭の中、かつてエレノーラと出会った記憶が蘇る。
エレノーラに対して私は、自分の身の上を全部も話していなかった。
しかし、ほとんど嘘は言っていなかった。
父親に命を狙われていたことも。
妹ともに逃げ出したことも。
商会を立ち上げ力を手にできなければ、死が目前に迫っていたことも全てが本当だった。
ただ隠していたのは、私の身分。
私と妹は、公爵家当主が娼婦に身ごもらせてしまった隠し子であるということだった。
自分の失態であるくせに、父親は私と妹を恨んでいた。
亡国とはいえ、元王族である自分の一族に、卑しい血が流れることを許さなかったのだ。
私と妹にも公爵家の継承権が認められたことで、その父親の思いは私達に対する殺意へと変わった。
だが、命を狙われるかもしれないと前々から覚悟していた私は、その状況を変えるために、唯一力を貸してくれたバルトと共に商会を立ち上げ。
そしてエレノーラと出会ったのだ。
その出会いこそが、自分の人生を大きく変えたことを私は理解していた。
私はいつか父親に対抗するため、様々な知識を蓄えていたため、商会をある程度成功に持っていくことならできた。
それでも、それだけでは命を長引かせることしかできなかっただろう。
今のように、商会の財力を利用して公爵家を掌握し、父親を強引に隠居させることなど不可能だったに違いない。
それが理解できているからこそ、私はエレノーラに強い感謝を抱いていて──また、幼なじみであったバルトを除き、初めて味方となってくれたエレノーラに恋をしたのだ。
そんな自分の心を改めて認識し、私は小さく笑う。
侯爵家にエレノーラを取られ、彼女が虐げられると知ったあの時から、ようやくここまで来たと。
「まだ、障害はつも重なっているか……」
たが、まだ気を抜くときではないと私はすぐに顔を真剣なものに変える。
まだやらなければならないことは山のように残っているのだから。
「アルフォート様、逢瀬はいかがでしたか?」
長年の腹心からの声が響いたのは、私がそう覚悟を決めていた時だった。
その声の方向に目をやると、そこには私がエレノーラの部屋から出てくるのを待っていたのか、柱にもたれかかってこちらに手を振るバルトの姿があった……。
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