第48話 ソーラス視点
机に顔を強打された時、私の頭に響いたのは、ごり、と鼻の骨が折れる音だった。
そして、激しい痛みが顔に広がっていく。
次の瞬間、私は激痛に叫びを上げていた。
「ぎぃあぁぁぁぁぁぁあ!」
口の中には鉄の味が広がっており、涙が溢れ出す。
少しでも痛みを和らげようと、アルフォートの手と机の間で顔を動かすが、全てが無意味だった。
……アルフォートに襲いかかるのが、どれだけ愚かな行為だったのか、私が理解したのはその時だった。
胸倉を掴んでいた私をあっさりといなし、反撃したアルフォートは明らかに手慣れていた。
傾いた私の身体を片手で止め、机に叩きつけた力は、あの辺境伯に勝るとも劣らない。
そんな相手に、暴力を振るおうとするなど、決してはしてはならなかったことだったのだ。
ようやく自分の間違いに思い至った私は、血を口から吐きながら、必死にアルフォートへと謝罪する。
「わ、悪ひゃった。あ、謝る、だから離し……え?」
が、その謝罪にアルフォートが反応することはなかった。
代わりというように、アルフォートは再度私の髪を掴んでいる手に力を入れ、私の頭を持ち上げる。
まだ、何も終わっていないことに私が気づいたのは、その時だった。
咄嗟に手で顔を覆うとするが、アルフォートの足で私の掌を踏む。
「や、やめ……!」
……そして私は、再度机に叩きつけられた。
「あぎぃぁぁぁぁあああ!」
悲鳴と共に、欠けた歯が口から飛び出す。
激痛に、私はのたうち回ることしかできない。
その時、もう私の心にアルフォートに反抗しようという考えなど、残っていなかった。
痛みと恐怖に震えながら、私は必死に口を動かす。
「ごめんなひゃい……。やめへ、もうやめてくらさい……」
「はぁ。本当にどうしようもない人間だな」
アルフォートは、私の後頭部の髪から手を離した。
そしてアルフォートは、私の前髪をつかみ強制的に、私の顔を机からあげる。
次の瞬間、私の目に入ってきたのは、冷ややかにこちらを見つめるアルフォートの目だった。
「この程度で、もう悲鳴をあげるのか? エレノーラ嬢には、こんなもの比較にならない苦しみを強制しておきながら」
アルフォートの顔には、一切表情が浮かんでいなかった。
しかしその目には、私に対する憎悪と怒りを抱いていた。
……余計なことをすれば、この場で殺される。
そのことを認識した私は、恐怖で口さえ開けない。
が、そんな私を一切気にすることなくアルフォートは続ける。
「もう私に反発する気力も残っていないか。本当に情けない。……だが、お前の生涯で一番の英断ではあったな」
私を前髪を握る手に万力のような力を込めながら、アルフォートは告げる。
「お前が次にエレノーラ嬢を奴隷と言ったならば、私自らの手でお前を殺していた」
「いっ!」
……アルフォートがそう告げたのと、私の前髪が私の頭皮から抜けたのは、同時だった。
強引に髪を抜かれた痛みに、私は地面にのたうち回る。
手を頭にやると、前髪があった部分は皮膚の感触が感じられて、私は顔を悲痛に歪める。
が、それを認識しても私の心にアルフォートに対する憎しみが浮かぶことはなかった。
その時既に、私の心は完全に折れていた……。
◇◇◇
次回から、アルフォート視点となります。
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