第35話 ソーラス視点

 声に反応し、振り向いた私の目に入ってきたのは、ローブで顔を隠した護衛達を連れた金髪の青年だった。

 鍛えていることが分かる細身な身体に、端正で整った顔。

 何度も目にしたことがあるその顔に、私は顔を僅かに緊張させる。


 その青年こそが、若くして公爵家当主に上り詰め、貴族社会にも強い影響力を持つ貴族、アルフォートだった。


 アルフォートは端正な顔に笑みを浮かべ、口を開く。


「突然踏み込んでしまって申し訳ない。騒ぎが聞こえたもので、何かあったのかと思ってね」


 飄々とそう告げるアルフォートに、私は思わず怒鳴りつけたくなる。

 そんなこと、微塵も思っていないくせにと。


 そもそも、当主の許可なく屋敷に足を踏み入れることがそもそもマナー違反だ。

 それを分からないはずないにも関わらず、無神経に乗り込んできたアルフォートに私は苛立ちを抱く。

 が、その苛立ちをアルフォートにぶつけることは出来なかった。


「いえ、お気になさらないでください」


 その苛立ちを胸の奥にしまい込み、私はアルフォートへと笑いかける。


 どれだけ怒りを抱こうが、今の私にそれをアルフォートにぶつけることは出来なかった。

 今の侯爵家の状態でアルフォートの怒りを買うことは絶対に避けなければならない。


 そう、例えどれだけ胸の中苛立ちを募らせることになっても。


 私は表面上は穏やかに、口を開き歩き出す。


「では、客室でご要件を伺いましょうか。案内します」


 ……だが、その内心は焦燥の嵐だった。


 もう既に手遅れだと分かりながらも、私はどうにかこの場所から逃げられないか、必死に考える。

 どうにかして、この状況を覆せないかと。


 そもそもの確認を怠っていたことに私が気づいたのは、その時だった。


 それに気づいた時、私の胸に一抹の希望が宿る。

 その可能性がどれだけ小さかろうと、この状況をどうにか出来るかもしれない。


 そう考え私は、客室に辿り着き次第、未だアルフォートの護衛達が中に入り込んでいないにも関わらず、口を開いた。


「それで、どうして今回当家に? もしかして、以前の社交界の件でしょうか?」


 社交界の一件、それはアルフォートが私に因縁をつけてきたもととなった事件。

 その事についてアルフォートへと尋ねながら、私は強く願う。


 今回のアルフォートの来訪と、社交界の一件が無関係であることを。


「いや、それとは別件だ」


「──っ!」


 そして、その私の願いは叶うこととなった。

 まずあり得ないことだと理解していたからこそ、私は喜びを隠しきれなかった。

 しかしまだ、アルフォートの言葉は終わっていなかった。


「今回侯爵家に来た理由はある人間からの密告があったからでね」


 そういいながら、アルフォートはポケットから刻印の刻まれた時計を取り出す。


「──侯爵夫人にたいする不当な扱い、それについて何か言い訳はあるかい?」


 最初から今までまるで変わらぬ笑顔でアルフォートが告げたのは、まるで私が想像もしていなかった言葉だった……。

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