第四話

 ダベンポートが見繕った服は二人には少し大きすぎた。エリオットには半ズボンとセーター、マーヤには暖かそうなワンピースとセーターを買ったのだが、どちらも肩が落ちている。サイズが合わない服のせいか、二人ともどことなく所在なさげだ。

 まあ、子供はすぐに大きくなるさ、とダベンポートは若干残念な姿になった二人を見て思った。

 これでも汚れた服よりはよほどいい。

「とりあえず、君たちは何か食べなさい」

 ダベンポートはすっかり綺麗になった二人を食卓に座らせた。

「あ、あの、魔法院に連行するって……」

 展開についていけないエリオットがおどおどとダベンポートに訊ねる。

「連行したさ。ここは魔法院の敷地の中だ。君たちは魔法院の中にある僕の家に連行されたんだ」

 ダベンポートはニヤリと笑った。

「今リリィが食事を準備してくれている。リリィの作る食事は美味しいぞ」


 リリィは子供達のために手早くタラのフィンガーフライとチップスフライドポテトを用意した。

「はい、できましたよ」

 リリィが食器を配膳し、山のようなタラのフライをエリオットとマーヤの前に置く。

「冷めないうちにどうぞ」

「食べてもいいの?」

 マーヤが目を丸くする。

「ああ、食べなさい。お腹が空いているだろう」

 ダベンポートが二人を促す。

 二人はすぐにフォークを手に取るとタラとポテトをがっつき始めた。

 よほどお腹が空いていたのだろう。山のようだったフライがどんどん減っていく。

「美味しいか?」

 二人はフライを頬張ったままウンウンと頷いた。

「よろしい。お腹いっぱい食べて今日はゆっくり眠りなさい。二階に君たちの部屋を用意してもらおう」

「すぐに客間にシーツを入れますね」

 リリィが隣で頷く。

 二人は山のようだったフライを全部平らげると、ダベンポートに言われた通り、リリィに連れられて大人しく二階の客間へと上がっていった。


+ + +


「でも、どうしたのですか? 旦那様が子供を連れてくるなんて」

 子供達が寝たあとで、ダベンポートとリリィは夕食の食卓を囲んでいた。

 今日のメニューはローストチキン。近くの農園で走り回っていた鶏をその日のうちに捌いた新鮮なものだ。味付けは塩のみだが、焼き方が上手なのか皮がパリッとしていてとても美味しい。

「ああ、どうにも見ていられなくてね」

 ダベンポートはチキンから腿を切り離すと、そこにリリィ特製のホワイトグレイビーをかけた。リリィの作るホワイトグレイビーソースはコショウとナツメグが効いていて、チキンにかけると絶品だ。

「スラムで怯えていたんだ」

 ダベンポートは二人がどうやら破産したボルグ家の兄妹である事、それに二人から聞き出した事の顛末をリリィに説明した。

「でも、これからどうするおつもりですか? まさかこのまま?」

 胸肉を切りながらリリィがダベンポートに訊ねる。少し顔が期待に輝いている。よもやリリィは二人を引き取ってもよいと考えているのだろうか?

「まさか。それはとても無理だ。どこか預けるところを考えるよ。このうちは子供が住める環境ではないからね」

 ダベンポートはリリィの期待を打ち消すように言った。

 そもそも、ダベンポートは別段子供好きな訳ではない。幼い二人がスラムで怯え、凍えているのを見かねて連れてきただけだ。ちゃんとした教育も受けているようだし、あの子達にはもっとふさわしい場所があるはずだ。

「そうですか。でもちょっとかわいそう」

 リリィはため息をついた。

「どうして?」

 ダベンポートは訊ねた。

「何か、また追い出すようで……」

「まあねえ」

 ダベンポートは頷いた。

 確かに、今まで親戚やら知らない家やらを転々として、挙句の果てに港湾暮らしだ。そしてスラムに逃げ込んだところを偶然ダベンポートに拾われて、やっと暖かくて柔らかい布団で寝たと思ったらすぐに出て行きなさいというのも酷なような気はする。

 二人は両親が迎えに来ることを信じているようだったが、ダベンポートはそれに関しては懐疑的だった。迎えに来るならもっと早くに来るだろう。来ないということは、何か来れない事情があるのか、あるいは……

「まあ、しばらくは置いておこう。リリィ、二人にお手伝いをお願いしてくれるかな。ぼうっとしていても仕方がない。時間があるようなら書き取りの練習もさせるといいかも知れないな」

…………


 子供の朝は早い。

 ダベンポートが起きてきた時、二人はもう起き出してリリィと一緒に朝食の配膳をしているところだった。

 まだ顔色は悪いし、足元もどことなくおぼつかない。だが、それでも二人はリリィと共に家事に精を出していた。

「おはようございます、ダベンポート様」

 ダベンポートに気づき、すぐにエリオットが礼儀正しく朝の挨拶をする。

 その隣で

「ダベンポート様、おはようございます」

 とマーヤも頭を下げる。

「様はつけなくていい。ダベンポートさんで十分だ」

 ダベンポートは慣れない笑顔を作ると二人に言った。

「丁度いい。エリオット、マーヤ、君たちにはしばらくリリィの助手をしてもらおう。午後は僕と勉強もするんだ。しばらく勉強をしていないだろう。せめて読み書きは自由にならないとな」


 子供がダベンポートの家に来てもっとも災難を被ったのはキキだった。

 昨夜は慎重に子供達から距離を置いていたが、お腹が空いたとなるとそうも言ってはいられないらしい。

「ニャー」

 キキがリリィの足元で熱心に甘え声で鳴いている。

「キキ、今ご飯をあげますからね」

 トレイを持ったままリリィが足元のキキに言う。

 だが、キキはすぐにマーヤに捕まってしまった。

「あ、ニャーニャだ」

 配膳の合間にマーヤがキキの姿を見つけてすぐにあとを追いかけ始める。

「ニャーニャ、おいで、ニャーニャ」

「キキって言うのよ」

 食卓にナイフとフォークをセットしながらリリィはマーヤに名前を教えてやった。

「キキ、キキ!」

 パタパタとマーヤがキキの後を追い回す。

「ギニャー!」

 キキは嫌がって逃げ回っていたが、やがて諦めるとマーヤに抱かれるままになった。

「わー、ふわふわ」

 嬉しそうにマーヤがキキに頬ずりをする。キキは嫌がってマーヤの頰を両手で押し返すが、マーヤの方が力が強い。

「やれやれ、先が思いやられるな」

 ダベンポートはそんな子供達の様子を見ながら思わず呟いた。

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