第三話

 二人を乗せた馬車の中は微かに妙な臭気がした。

(しまったな。ゴミ漁りをしたから妙な匂いがついてしまった。それともこの子達が臭うのかな?)

「…………」

 二人はダベンポートの向かいで身を竦めているままだ。子供だったら犬を見たら喜びそうなものなのに、足元のガブリエルを構おうともしない。

 ダベンポートは傍に置いた壊れたトランクを見ながら

「さて、なぜ君たちはあんなところでそんなコソ泥みたいな事をしていたのかね?」

 若干不思議に思って二人に訊ねた。 

 この子達が盗むにしては、このトランクは重すぎる。

「……違います。僕は機械を拾っただけです」

 兄の方が答えて言った。

「僕はそのトランクの事は知りません」

「ほお?」

 ダベンポートはエリオットの顔を覗き込んだ。

「ゴミ捨て場で拾ったんです。小さなストーブみたいだったから拾ったんですけど、石炭がなかったので使えなかったんです」

 エリオットの言葉遣いはちゃんとしていた。しっかりとした教育を受けてきた形跡がある。

「まあ、信じよう。確かに君たちは盗みをするようには見えないしな」

 ダベンポートは子供達を安心させるように笑顔を作ると、エリオットの足元から機械を取り上げた。

「ふむ、君にはこれがストーブに見えたのか」

 その機械は円筒形で、内部は複雑な二重構造になっていた。外側の筒はスライドするようだ。ダベンポートは円筒をスライドさせると、その内側に書かれた魔法陣を詳しく調べてみた。

「外側は王国の魔法のようだが……東洋の呪文が混ざっているようだな」

 外側の術式はダベンポートにも馴染みのある式だったが、内側の五芒星には東洋の記号が記されている。

(面白い。……こんな無茶を考える人は他にはいない。確かにクレール夫人の発明品と思って間違いなさそうだ)

 ダベンポートはクレール夫人の言う所の発明品モダン・アーティファクトをエリオットの足元に戻した。

「残念ながら、これはストーブではないな。ストーブだったらもっと違う構造をしているはずだ」

 使えるものをここの住人が捨てるとは思えない。使い物にならない上、売り物にもならなそうだからその場に捨てたのだろう。

「マーヤが寒がったからなんとかしたかったんです」

 エリオットは俯いた。

 馬車はセントラルの街から街道に入っていくところだ。

 途中ダベンポートは馬車を停めさせ、適当に見繕った子供用の服を百貨店デパートで買い求めていた。二人とも薄着だったので馬車の中の膝掛けをかけてやったのだが、それでもマーヤは寒そうにしている。

「そもそも、君たちはなんであのような所にいたんだ?」

 ダベンポートはもう一度二人に訊ねた。

「逃げてきたの」

 マーヤが弱々しく口を開く。

 馬車の中でダベンポートはボルグ家のことを思い出していた。

 ボルグ家はセントラルにブティックを構える大きな商家だったのだが、事業に失敗して破産したのだ。

 工場に投資していた資金も回収できなくなり、ボルグ家が破産したという記事は少し前に新聞で読んでいた。

「逃げてきた?」

 ダベンポートは努めて優しく、二人に訊ねた。

「あのね……」

 二人が幼い口ぶりで話し始める。


 二人の話を繋げると事情はこういう事のようだった。

 負債が積み上がった結果、ボルグ家の一家四人は屋敷に居られなくなり、仕方なく友人や遠い親戚の家を転々としていたのだという。だがそれもしばらくの間のことで、やがて家族は港湾地区に吹き溜まった。

「それでもお父様が働いて、みんなで狭いアパートに暮らしていたんです。ですが、ある日……」

「怖い人がきたの」

 マーヤが言葉を添えた。

 二人によれば、ある日の夕方『怖い感じ』の男性が数人、突然家に押し入ってきたのだという。

「『逃げなさい!』ってお母様が言いました。なので、すぐにマーヤを連れて家から逃げたんです。何かあった時、あとであそこにお父様とお母様が迎えに来てくれるって事はもう決めてありました。でも、いつまで待っても両親は迎えに来てくれませんでした」

 逃げろというのは、債権の代わりに子供達が売られてしまう事を恐れての事だろう。

 だとしたらボルグ夫妻もまだ生きているかどうかすら定かではない。迎えに来ないのではなくて来れないのかも知れない。

「なるほど。それは困ったな」

 ダベンポートは思わず唸った。

 二人とも顔色が悪い。おそらく食事も睡眠も十分でなかったのだろう。

「でも、お父様とお母様はきっと迎えにきます」

 エリオットは妹の顔を見ながら弱々しく言った。

「迎えにくるはずなんです」

…………


 ダベンポートは家の前に馬車を停めると二人を降ろした。

「ただいまリリィ」

 玄関のドアを開けながらリリィを呼ぶ。

「おかえりなさいませ旦那様」

 すぐにリリィが玄関で三人を出迎えた。

「あら? その二人は?」

 エリオットとマーヤは玄関の前で怖じけずいている。

「小さなお客さんさ」

 コートを脱ぎながらダベンポートはリリィに言った。

「服は買ってある。まずは二人を風呂に入れてくれないか? 今着ている服はもうダメだ。捨ててしまおう」

「旦那様、そんなもったいない。ちゃんとわたしが洗って直します」

 リリィは玄関先にしゃがんで子供と目の高さを同じにすると二人に訊ねた。

「お名前は?」

「エリオット、です」

「わたしはマーヤ」

 マーヤがリリィに答える。

「そう。エリオット君、マーヤちゃん、いらっしゃい。すぐにお風呂を沸かしてあげましょう。まずは綺麗にしましょうね」

 リリィはにっこりと微笑むと、優しく二人を玄関に招き入れた。

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