040『備忘録』
八月二十一日――ヘンリエッタを見送った日から二日が経った。
早朝のお勤めを終え朝食を済ませて、浅見は事務所で自分専用のノートパソコンを起動させた――。
ヘンリエッタを見送ったあの日の夕方に、元同僚の植木が神社に訪れたのでその後の経緯を聞いた。そして、別件として頼んであったフィールドマウスから受け取ったデータにも目を通した。それらの情報を踏まえ、浅見は自分用の備忘録の作成を始めた。
~浅見の備忘録~
先ず事の始まりは――。一昨年の夏ごろチャイニーズマフィアの黒蛇が、中国国内で行っていた密貿易の荷物を他の盗賊団に奪われた事だった……。
黒蛇の中国側からの主だった密貿易品は雲南省辺りで栽培されている大麻である。それらを独自で精製し、ハシシやハシシオイルを作っていたのだ。そしてそれを、輸出用の工業機械へと忍び込ませると言う手口で海外へと輸出し、今度は代りにアフガニスタン辺りからアヘンを輸入し、モルヒネ・ヘロインの原料としていた。その精製工場を襲われたのだ。
従業員を全て殺され備蓄していた原料を全て奪われた。
黒蛇の連中は奪われたそれらを取り返す為に動き出す。
犯行は広東省を中心に活動する盗賊団だとすぐに判明したようである。
実行部隊の隊長であった白劉羽は、幹部連中に相談も無くその殲滅に向かった。しかし――。
それは、対立する新興のマフィアグループ・四頭幇(シトウバン)の陽動作戦だった……。
白劉羽が気が付いた時には、共産党員で北京にいたナンバー2の馬德亮(マ・デリアン)を除く、幹部連中が次々と暗殺され始めていた。
慌てて広東省から福建省の拠点へと引き返す白劉羽。
その頃、黒蛇の拠点である福建省福州市郊外の港では――。
黒蛇の幹部を次々と打ち取った四頭幇は、遂に黒蛇の首領の居る港へと攻め込んだ。
しかし、四頭幇の連中は首領である黒牙の噂を信じていなかった。〝彼の者は不死身の化け物である〟 と……。
彼等の差し向けた暗殺部隊は次々と黒牙一人に惨殺されてしまう。
慌てて逃げ出す四頭幇の幹部たち。
しかし、彼等は逃げ果せることは出来はしなかった。
そして、一晩のうちにその組織は黒牙一人の手に因って壊滅した――。
その事件の後、問題になったのは、独断で実行部隊を動かした白劉羽であった。彼の浅慮が事態を大きくしたのは間違いない。
しかし、自らの非を認めようとしない白劉羽。
首領である黒牙は、白劉羽の実行部隊隊長の解任を命じた。
その事に不満を抱いた白劉羽は、四頭幇の生き残りと手を結び、僅かな数の側近と共に首領である黒牙を襲った。
勿論、黒牙の孫である白劉羽は、彼が吸血鬼であることを疑ってもいない。弱点が銀の剣と太陽光である事も知っていた。以前から反意を持っていたらしく事前の準備も怠ってはいなかったようである。
そして、日中に首領である黒牙を、寝所にしていた貨物船の甲板に棺ごと引き出し、太陽光によって焼き殺した。
だが、そこで問題が起こった――。
白劉羽と手を結んだ四頭幇の生き残り達は、その後の報復を恐れ、密かに黒牙が大事そうに隠していた 〝ラクミリ・デ・フィユ〟 を、取引材料として持ち出していたのだ。
こうして、〝龍の血〟 の名で呼ばれていた 〝ラクミリ・デ・フィユ〟 は福建省から広東省へ、そして、香港まで運ばれた。
その後、幾人もの手を経て、最終的に不死の妙薬の名目で、現地の日本人・本田強一の手へと渡って行き、日本へと運ばれたのだった――。
どうやら、殺された高田渡氏はこの事を香港の日本人カトリック教会を通じて知った様である。自らもサンタアリアンザの一員として情報収集に勤しみながら、ヘンリエッタへ連絡を取り、本田強一氏との接触を図った。そして、見事に宝石を入手した後、ヘンリエッタへ手紙を送り……その後、殺害された。
以上が現在までに判明している事実に基づいた、事件前のあらましである――。
「ふう~……」
浅見は大きく溜め息をつき、キーボードを叩く手を止め保存した。
「取り敢えずこんなもんかな……」――それ以外にも色々と判明している事はあるのだが、それはまた後日まとめる事としよう……。
事務所の窓の外には夏の日差しの中、盛大にセミが鳴いている。
一応この泡嶋神社は東京都内に建っているのだが、都会の喧騒と言う物とは無縁な山中である。本来は静かな場所なのだが、今年はお盆過ぎからセミが大量に発生し、過ぎゆく夏を引き留めるかのように大合唱を始めたのだった。
――五月蠅いな、これじゃお昼寝も出来やしない……いや、八月蝉と言うべきか……。と益体も無い事を考える。
これからマヒトの為にお昼を作って、午後からは帰った来た赤星を迎えに駅まで行く予定である。
ちなみにお昼のメニューはソーメンチャンプル。そして、赤星が祭具を受け取りに行くのにこんなにも時間が掛かっているのは、どうやら、山口県にある実家に挨拶も兼ねて行ったためのようである。マヒトが赤星に無事世話役になった事を報告に行かせたのだ。
事情を知っているマヒトが詳しく話してくれないので、良くは判らないが赤星はその実家と色々トラブルを抱えている様子である。今回のお使いもマヒトなりに赤星の事を慮っての事なのだろう。
マヒトの見てくれは十二歳の少女だが、中身は齢千年を超える不死人なのである。意外に思慮深く行動している。
――おや、外から蝉の声に混じって、子供たちの声が聞こえる。蝉取りにでも来たのだろうか?
この神社は建立されたばかりでまだ参拝客は殆ど来ない。それでも時折、麓の住人が散歩がてらに様子を見に来たり、子供たちが遊びに来たりしているのだ。
こうやって、自然に人が集まり地域に溶け込み様々な事が始まって行く。きっとこれが古来からの日本の神社の在り方なのだろう。「ぶらりと立ち寄り、自然と手を合わす。その先に神が生まれるのじゃ」とはマヒトの言葉である。
過行く夏を名残惜しむ蝉の声。
それを追いかける子供たちの笑い声。
事務所の外にはどこにでもある夏の景色が広がっている。
「さて、そろそろ昼食の準備でも始めようか……」浅見はノートパソコンの電源を落とした。
――そう言えば、この泡嶋神社が建つ前に、この場所には皆が肝試しに使う古いお堂が建っていたそうである。そこで近所の子供たちからここは、こう呼ばれていると噂に聞いた。
お山の上の『あやかし神社』と……。
クリムゾンレイン ~吸血鬼との相違点と類似点~ 完!
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