後日譚
039『うなぎ』
東京都中央区日本橋。
成田で見送りを終えた浅見とマヒトは「何か昼食は豪勢な物が食べたい」とのマヒトの言葉を受けて、日本橋にある老舗のうなぎ屋へと赴いた。
しっとりと落ち着いた和風の店内。間仕切りされたテーブル席へと通された。
マヒトはうな丼、浅見はうな重の大盛を注文する。
しばし後、浅見は運ばれてきた重の蓋を開ける。
湯気の立つあったかご飯の上にふっくらと脂ののったウナギの蒲焼き。炭で焼かれた脂の香りと、二百年継ぎ足し受け継がれたと言う甘辛いタレの香り。それがご飯の湯気と共に立ち昇る。――うん、これが美味くない筈が無い。ごくり……その香りに勝手に口の中に唾液がたまる。
テーブルの向こうが感極まって、何やら騒がしいが気にしない……。
おもむろに箸を取って、合掌してから頂きます。
蒲焼を箸先でほろりとほぐし、タレの掛かったご飯と同時に掬い上げ、そして、齧り付く。
――う、うまい……。脳天にその美味さが突き抜ける。
炭火で焼かれた醤油の香り。上品で繊細なみりんの甘み。二百年濃縮され続けたウナギの旨味。絡み付くようなタレに口内を蹂躙される。無言で幸せの味を噛み締める。
半分程食べ進めたところで山椒を足す。その辛味によってウナギの脂が一気に華やぐ。鼻へと抜けるスパイシーな香り。思わず頬が緩みにやけてしまう……。串打ち三年、裂き八年、流石に老舗の味は違う! 夢中になって喰らい続ける。
――は! いかん、食べきってしまった……。付け合わせの奈良漬けもいつの間にやら消えている。はて、いつ食べたっけか? 記憶にないが……。まあ、いいか……至福の刻はいつも一瞬で終わる。
急須の番茶を湯呑に注ぐ。
目の前に座るマヒトはまだムフムフいいながらうな丼をちまちまと食べている。その光景を眺めながら、熱々のお茶をゆっくりと頂く。
それに気が付いたマヒトが言い放つ。
「なんじゃ、もう食べたのか、分けてはやらんぞ」
――いらん!「ゆっくり食えよ」と言っておく。でも、鰻巻きも頼もうかな……。
マヒトのお茶も湯呑に注ぎ渡してやった。食後でまだ放心状態のマヒトへ質問を投げかける。
「なあ、マヒト。ちょっと聞きたいのだが私とお前は血縁関係があると言うのは本当なのか」
「なんじゃ、おぬしやはり血を吸われておるでは無いか」そう言いながらニシシと嫌らしく笑うマヒト。
――しまった! マヒトにはヘンリエッタに血を吸われたことを誤魔化していたのを忘れてた……。
「うん、まあな……」あの時の事を思い出すと少し恥ずかしい……。ちなみにヘンリエッタの話では吸血行為は接吻と同格だそうである。
「しょうの無い奴じゃ……。まあ良い。妾には二人の姉と一人の妹がおる。そなたは恐らく一番上の
「ん? 何でそう言い切れる」
「そなたは妾と同じ気配を持っておる。故に同じ父御と母御から生まれた血族で間違いない。それに、二番目の姉の
「え? 不死人がもう一人いるのか」
「うむ、五百年ほど前に会ったきりじゃがの。今も生きておるかどうかは判らぬ」
「何ともスパンの長い話だな……。仲悪いのか」
「いや、あ奴が大陸に渡ってそれ以降連絡をよこさぬだけじゃ」
――五百年前で大陸と言えば豊臣秀吉の朝鮮出兵。文禄・慶長の役の頃か……。
「何だか歴史的な話だな……」
「うむ、人に歴史ありじゃ」
――いや、お前の場合はそのまま日本史になってしまうがな……。
まあ、これでマヒトと血縁関係があることがはっきりとした。実は以前から何となくそんな感じはあったので別に驚きはない。世代も何十代と離れているのでピンとこない、が正解かも知れないが……。
「そう言えば、赤星はどうしたんだよ。そろそろ迎えに行かなくても良いのかよ」番茶を啜りながら続けて質問する。
「昨日、電話があったぞ。無事先方へ着いたそうじゃ」
「あれ、あいつどこへ行ったんだっけ」
「島根じゃ。妾の祭具を預けてあるので取りに行ってもらったのじゃが……」
――成る程。先ずはタクシーで駅まで行って電車で東京駅へ――。東京駅から新幹線で広島まで行き、バスに乗って島根に向かうルートだろう。時間が掛かる訳だ。間に宿の予約を取る時間などを入れると三日は掛かる……。普通に飛行機でソウルや香港へ行くのより時間が掛かる。場合によってはアマゾンやヒマラヤまで行けてしまう時間だ。可哀そうに……。
「……あ奴がやる気を出しておったから、本人に任せてやりたのじゃが……あ奴が妾の元へと来た経緯は前に話したじゃろ」
「ああ、そう言えば……」
マヒトが当初、今の泡嶋神社を宮内省から賜った時には、世話役の人間が20名ほどいたのである。
だが、その人数で蝶よ花よともてはやされ、箸の上げ下げまで手伝う様子に――マヒトはブチ切れた!
20名全員を足腰立たなくなるまで叩きのめし、追い返したのである。まるでどこかの酔っ払い親父の様に……。
その時、唯一動かぬ身体に鞭打って、最期に草履の鼻緒に噛み付いてきたのが赤星伊吹だった。
何がそこまでさせたのかはわからなかったが、マヒトはその根性を見上げ、赤星にだけ世話役を許した。
しかし、そこで問題が発生した――。赤星は幼少の頃から陰陽術の修行に明け暮れていたために、一般的な生活術を持ち合わせていなかった。一計を案じたマヒトは電話を掛けた。
こうして呼ばれたのが、職を失い、面接に行ったアルバイト先でトラブルに巻き込まれ入院していた浅見真なのである……。
「少しあ奴に自信を付けさせてやりたいのじゃがの……どうであろうか」
「ううーん、そういうことなら仕方ないか……」腕を組み少し思案に暮れる浅見の姿。――携帯圏外でも無い様だし、何かトラブルでもあったら迎えに行けばいいか……。「わかった。でも、何か問題があれば私が高速を飛ばして迎えに行くよ」
「うむ、その時はよろしく頼むのじゃ。わが子孫よ」そう言ってマヒトはにこやかに笑う。
「はい、はい」と浅見は曖昧な返事をする。
――この場合、どう答えるのが正解だろう。『おばあちゃん』とでも言えば良いのだろうか?
熟考する浅見。しかし、その答えは要として知れない……。
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