第6章 後始末

036『突入:清掃部』


 大広間を後にした浅見はヘンリエッタの手を引き階段を上った。


 ――おや、そう言えば船のエンジン音が止まってるぞ? 何があった。

 訝しみながら甲板へ出るハッチのハンドルへと手を掛ける。

 軋む音を上げて扉が開らく――。


 〝バラバラバラバラ……。〟大きなヘリの音が聞こえてきた。ローターの起こす風も吹き込んでくる。

 甲板へと避難した黒蛇のメンバーは全員頭の後ろに手を組みコンテナの脇へと座っている。その周囲に立つネイビーブルーの制服の人々。H&K(ヘッケラー・コッホ)社の自動小銃MP5を構えている。そして、胸には海上保安庁の文字。


 ――うわ、知らない間に大事になってる……。

 と言ってもその原因は右の靴下の中に仕込んでおいたGPS発信機の所為である。それを公安調査庁の植木が終始トレースしていた結果である。


 船首側の進路をふさぐように一隻。タラップに横付ける様にもう一隻の巡視艇が停泊している。この貨物船が停止しているのはこのせいだろう。


 そして、上空にはモスグリーンのヘリコプターが飛び交っている――。UH-60JA、機種別コールサインはヒリュー、通称:ロクマル。よく知られた名だとブラックホークが有名である。


 ロープを下ろし次々と隊員たちが降りて来る。

 黒の防刃服に88式鉄帽。そしてフェイスマスク。小脇にFNハースタル社製のアサルトライフルSCARを抱えている。


 ――これは……。


 浅見は彼等を知っていた。公安調査庁時代に富士の裾野で一緒に研修を受けたことがある。

 陸上自衛隊の特殊作戦群の隊員の装備である。


 浅見は近くに降りてきた隊員に向けて右手を上げる。「よお!」

 隊員は身バレしない様にフェイスマスクを付けている――なので、返事は返さなかったが、明らかに「何でこいつがここに居る?」と表情を歪めたのが見て取れた。


 返事は帰ってこないが気にしない。彼等とは互いにペイント弾を打ち合う仲なのだ。



 彼等は一か所に集まりこちらに向かってくる。

 浅見とヘンリエッタは艦橋のハッチを潜り甲板へと出た。それと入れ替えにアサルトライフルを抱えた集団が中へと向かう。


 通りすがりに一人の隊員が銃艇で浅見の脇腹をコツコツと突いてきた。

 まあ、いつもの挨拶の様な物だ。代わりに、浅見は言い放つ。

「まだ、中に吸血鬼が残ってるかもしれないから、咬まれないように気を付けろよ」


 全員が一瞬立ち止まり、浅見の方を向き嫌そうな顔する。いや、フェイスマスクをしてるのでよく見えないが、テンションはダダ下がった様子が見て取れた。

 そして、そのまま全員無言で扉の中へと突入して行った。



 それにしても、海の上での不測の事態とは言え、海上保安庁と自衛隊の出動は少しやり過ぎである。誰かに見られでもしたら大きな騒動になってしまうだろう。

 だが、逆にこの作戦の指揮をしている人物の思惑も透けて見える――。恐らくこれはバチカンに対しての牽制だろう。大人数で情報を共有する事で相手の情報操作をできなくする。さらに、国全体で対処する所を見せて大きな貸を作るつもりなのだ。


 そして、こう言う作戦を好む人物――この場にさも当然のように居るのがこいつである……。

 細身で長身、濃いワインレッドのパンツスーツを着こんだ黒髪ロングの女性。

 浅見の元上司、公安調査庁調査第一部特殊事案調査室室長の小泉薫。


「やあ、浅見君。無事だったかね」にこやかな笑顔を浮かべ、右手を上げて近づいて来る小泉薫。

「ああ、久しぶりだな」以前スタンバトンで気絶させられたので、あまり近づかれ無い様に注意する。

 ――やはり植木では力不足だったようだ……。まあ、あいつ一人だと海上保安庁を引っ張って来る事すら怪しいので、こいつにバトンタッチするのが正解だろう。


「それで中の様子はどうかな?」

「もう動いてる奴はいないと思うが……」

「動いてるか……もうわかってると思うが浅見君。この件は内密にする様に」

 そう言って小泉は人差し指を口へ当てウインクをしやがった。――自分でこんだけの大事にしやがったくせに!


「ああ、わかってる」誰も好き好んでバチカンと対立などしたくない。こういう時には気が付いて無い、知らぬ、存ぜぬ、で押し通すのが一番なのだ。


「やあ、貴方がヘンリエッタさんだね、ようこそ日本へ……」今度はヘンリエッタの方へと向き直り小泉は話し始めた。

「ええ、いつぞやは、大変にお世話になりました……」

 どうやら、二人は顔見知りでは無いが、知らぬ仲では無い様だ……。――いつ知り合った? もしかして、まだ私が公調で働いていた時なのか……。まあ、今はどうでもいいか……。


 不穏な空気を感じた浅見は、話を聞かない様にしてそっぽを向いた。――もうこれ以上首を突っ込みたくはない。命がけの仕事とかもうこりごりだ……。私は普通の人間なのだから。



 その時、船の反対側のタラップからグレーの作業服に身を包む防塵マスクの一団が上がってきた。

 彼等は法務省内局の謎部署――通称 “清掃部” の皆さんだ。いつも微妙な案件の事後処理時にどこからか現れる。一応、検察局の命令で動くと言う事になっているが実際どこの部署が動いているのかは誰も知らない。

 ――出会ったのはこれで3回目だが、一体どこの誰たちなんだろう? もしかして外局の人間か?

 しかし、彼等が警察の鑑識より先に来たと言う事は、これから何らかの偽装が行われると言う事だ……。本当に大事になってきたな。


 そうこうしている内に、甲板に避難してきた黒蛇の連中も海上保安庁の隊員に連れられてタラップを降り始めた。これから巡視艇で連行されるのだろう。


 それに……。

 ――どうやら、事情説明は向こうでヘンリエッタが小泉にしている様だし……。



 浅見は甲板の端へとへたり込むように腰を下ろした。

 そして、大きく溜め息をつく……。


「早くお家へ帰りたい……」そう言ってみる。

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