033『屍鬼:誘導』
浅見とヘンリエッタはゆっくりと階段を降りた。
ここまでには、誰も会っていない。ヘンリエッタの言っていた 〝魅了〟 の効果の所為だろう。低レベルの魅了は能力者の視界の範囲から出ると言う思考を削がれるらしい。高レベルではその人物から目が離せなくなる効果があるそうだ。
階段の下が見えて来ると、僅かにあの大広間から銃声が聞こえて来た。――まだ、誰か生き残って戦っている。
ついでに、何か通路で動く音も聞こえて来た。――何だ? 何がいる?
浅見は中国版AK47の56式自動歩槍の安全ロックを左手で解除し、腰だめに構えた。
下まで降り、そっと狭い通路を覗きこむ……。
――居た!
左腕のない中年男性。
顔が血に汚れ肌が血色の無い青白になっている。光の無い虚ろな瞳。口を半開きにし、揺らめくように歩いている。
――これが、屍鬼……。ほとんど映画で見るゾンビと同じだ……。人間らしさは既に失われている、やはり死体が歩いていると言った感じだ。
浅見は通路に飛び出して銃を構える。男がこちらに気づき、小さな唸り声を上げゆっくりと近づいて来る。
カンッ! AK47の銃声らしからぬ金属的な発砲音が通路に響く。
同時に男の左側頭部が弾ける! 男は身体を半回転させ床に崩れ落ちた。
「意外にあっけないな……」浅見は思わず感想を漏らした。
正直、人を撃ったと言う感じはない。微妙に後味は悪いが恐らく遺体の処理や司法解剖と同じ感覚だろう……。
「屍鬼はただの動く死体ですから。ですが、生前のオドの量によっては早く動く者もいます」その言葉にヘンリエッタが答える。
「成る程、注意しよう」
その時、突如通路の奥の扉が開き、三人男女が我先にと飛び出してきた!
カンッ! カンッ! カンッ! 浅見はすぐさま銃を構え先ず一人。反動が大きいために撃つたびに照準がズレる。
倒れた男を押しのけて男と女がこちらへ迫る。
カンッ! カンッ! カンッ! もう一人の男がもんどり打って床に崩れる。
カンッ! 最期に大口を開け飛び掛かってきた女性の後頭部がはじけ飛ぶ!
女はそのまま前のめり倒れ込み動かなくなった。
「クリア」
倒した四人に銃口を向けるが、もう動く気配はない。――ただの死体に戻った様だ……。
後続がいないことを確認した浅見は、銃を構えたまま慎重に通路の奥へと向かった。
静かに扉を開けて大広間を覗き見る――。室内は明かりが蝋燭と非常灯で薄暗い。
左側に五十人程、固まって集まり拳銃と剣で、近づく屍鬼を倒してる。剣を持って戦っている一人はあの案内役の女だ。近づいた屍鬼の首を跳ね飛ばした!
残りの屍鬼はざっと二十体程だ。他は皆、床に血を流して倒れている。
そして、部屋の奥……。
中央の舞台の上に三人の人影が見える。一人は玉座に座る白劉羽。後、長身の男と巨漢の男。三人はニヤ突きながら戦いを見守っている。
――これは、どう言う状況だ? いや、そう言えばドラゴスの姿が見えない……。
「ドラゴスの姿が見当たらないが……」浅見はヘンリエッタに小声で語りかける。
「皆に魅了の効果が掛かっているので部屋の中には居る筈です。隠れているのでしょう」
「どこにいる」
「血の匂いが充満していてわかりません」
今度はヘンリエッタが浅見の上に圧し掛かり部屋を覗く。――むぎゅ、お胸が重い……。
「右の三人は吸血鬼です。私がやります。真は左の人たちをこの扉まで誘導してください」
――何、吸血鬼だと。成る程、だったらあの三人はドラゴスに血を吸われたのだ。その後、その連中がここに居る構成員を襲ったのだろう。だから、こんなに屍鬼がここに居るのだ。犯罪集団だから自業自得な気もするが、放っておくのも寝覚めが悪いか……。
「皆は逃げられるのか」浅見が質問する。
「恐らくドラゴスとの闘いが始まれば魅了が解けます。その後、避難するように誘導してください」
「わかった。気を付けて」
浅見は大きく息を吸い、呼吸を整えると一気に扉を開け室内に踊り込んだ!
すぐ目の前にいる屍鬼の頭部に狙いを定める。カンッ! 乾いた発砲音が広間に響く。
床の転がる遺体を避けながら集団に急ぎ足で近づく。
カンッ! 近づいてきたもう一体をやや下から、射線を集団に向けない様に注意して発砲する。
――どうやら残りの屍鬼は動きが遅い様だ。
「カタジケナイ!」片言の日本語で声が掛かる。案内役だった女が剣を持って近づいて来た。
「皆をいつでも逃げられるように船尾の方へ移動させろ」
「ニゲル?」女が小首をかしげる。
言葉の意味が通じて無い訳では無いようだ。――恐らく魅了の効果でその思考が出来ないのだろう……。
「おい、全員こっちへ移動しろ! 付いて来い!」浅見は大声を出し身振りを交えて皆に指示を出した。
カンッ! カンッ! 近づいて来る屍鬼を倒しながら壁伝いに船尾へと誘導する。
よく見ると前に出て銃や剣を構えて戦っているのは五人程だ。後の残りの人達は普通のおじさんやおばさんである。
――わかっていた事だ……。中国の黒社会(チャイニーズマフィア)は、互助会的な側面も大きい。その構成員の大半は普通の商店主や飲食店員だったりする。ほとんどの人間が銃すら見た事が無いのだ……。だからあっという間にみんな襲われてしまった。
カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カツン。屍鬼の残り十体と言うところで自動小銃の銃弾が尽きた。
「ちっ!」浅見は足元に落ちている銀剣を拾い上げた。
――なんだ、これ?
銀色に輝く両刃の中国剣。見た目以上の重さがある。刃はあまり鋭くない。いや、これではただの尖った鈍器だ。――あの女これで良く首を跳ね飛ばせたな……。
浅見はフラフラと近づいてきた屍鬼の頭に剣を叩きつけた。
そして、ヘンリエッタの方へと視線を送る。部屋の中央奥。
何やら白劉羽と話していたみたいだが、交渉は決裂した様だ。
二人の男が低い唸り声をあげヘンリエッタに飛び掛かるのが見えた。
――ヘティー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます