031『解封:復活』
――これは、やばくないだろうか……。浅見は思った。
何がやばいと言って、それは、横に立つヘンリエッタの様子である。
彼女は封印を解く鍵があるならそれを知り、もう一度封印をすると言っていた。
だが、今の彼女の様子は……。
――まるで、封印を解くこと自体を望んでいたようにしか見えない。もしかして、私は騙されていたのだろうか……。
浅見は焦る気持ちを抑え、ヘンリエッタの様子も窺いつつラクミリ・デ・フィユを見守った。
血だまりの中からゆっくりと右手右腕が這い出して来る……。
次に左手。そして左腕。
周囲の人々のざわめきが大きくなり、黒い三角頭巾の呪文の声がより強く室内へ響き渡る。
にやけ顔の白劉羽も固唾をのんでそれを見守っている。
その時、ヘンリエッタが聞こえないほど小さく呟く声が聞こえた。
「いけない、これは……オドが足りていない……」
――何? どう言うことだ? 浅見はその様子を訝しむ。
ゆっくりとゆっくりと、血だまりの中から少年が頭が顔を出す。
そして、そのプラチナブロンドの髪を振り乱しこちらを振り向いた。
いや、その眼孔に目玉は無い――ぽっかりと黒い穴が開いた顔がこちらを向いた――。
“キャーーーー!!!” 少年のけたたましい叫び声が木霊する。
ストリゴイ――それは、叫ぶ者の意。
近くに立っていた数人の女性が泡を吹いて崩れ落ちた。
「ドラゴス……」ヘンリエッタが口元を両手で多い震える声を発した。
真っ白な肌の少年がこちらに向けて、ゆうくっり、ゆっくりと血だまりの中から這い出して来る。
――もう本当に帰って良いだろうか……。正直言えば逃げ出したい。
だが、横ではヘンリエッタが両手で顔を覆い咽び泣く様な声を上げ始めた。
その時、少年の前に誰かが両手を広げ立ちはだかった――白劉羽だ。
「ハハハハ、さあ、来いドラクル! 龍の子よ。俺を眷属にしろ!」
次の瞬間。
まだ出来上がってない下半身を引きちぎり、少年が白劉羽に飛び掛かった!
両手で這いずる様に白劉羽の身体をよじ登り、そして、その喉元に勢いを付けてかみついた!
白劉羽の全身の血管が黒く浮かび上がり、肌が見る見る死人のように青白く変色していく。
膝を突き、そして崩れる様に魔法陣の中へ倒れ込んでいく……。
そこへ周囲に立つ三角頭巾達が各々左手に六芒星のプレートを持ち、右手の剣を振りかざして一斉に少年に斬りかかる!
どうやらこのまま封印を施すつもりのようだ。
しかし、不意に近づいた一人の三角頭巾が宙を舞う。
身体の方には頭が無い。その首筋から大量の血飛沫がまき散らされる。
同時にあちこちから悲鳴が上がった。しかし、奇妙な事に誰も逃げ出す気配はない。
剣を振るう金属音と怒号が室内へ響き渡る。血飛沫の舞う壮絶な戦いが始まった。
その時、浅見の右手を誰かが握りしめた。
「儀式は失敗です。一旦ここを離れましょう」浅見の手を固く握りしめたヘンリエッタがそう言った。
――何? どう言う事だ……。
ヘンリエッタは浅見を引っ張って、人垣を掻き分け船尾に進む。何故か誰一人こちらに気が付いた様子はない。
部屋の一番後ろにある扉の前に、甲板にいた自動小銃を構えた男二人が立っているのが見えた。
ヘンリエッタが小声で指示を出す。
「真は左。私は右をやります」
――え! そんなこといきなり言われても!
浅見は慌てて右手を放し、胸のポケットにいつも入れてあるタクティカルペンを握りしめた。
その瞬間に男が気付く!
「おい、お前! 止まれ!」
――だが、もう遅い! 浅見は飛び掛かりながら左手で銃を抑え込み、右手のペンを男の右肩に差し込んだ!
「うぎゃ!」男は左手で右肩を抑えながら床にうずくまる。
浅見は横に回り込みながら男の肩からスリング(負い紐)を外し銃を奪い取る。
「悪いな」そう言いながらついでに男の顎を安全靴で勢いよく蹴り上げた。
男は壁に頭を打ち付けて崩れ落ちた。
前を見るとヘンリエッタももう一人の男を倒した様だ。最後の止めに頭を上から踏みつけた!
男の身体が一度バウンドし、床に倒れ込む。
「行きましょう」にこやかな笑顔のヘンリエッタ。
「う、(むごい)……」言葉を飲み込む浅見。
その時、部屋の前方から銃声が響き渡った。それを皮切りにあちこちから銃声が起こり始める。室内に響き渡る悲鳴と怒号。
その声を聴きながら二人は扉を開けて部屋を出た。狭い通路を走り抜け、階段を駆け上る。そして、ハンドルを回しハッチ状の扉を開け甲板に出た。
船内に居た時には気が付かなかったが、船は煌々と明かりを焚いたまま東京湾を疾走を始めた様だ。振り向くとすでに遠くに東京の夜景が見える。涼しい潮風が頬に当たる。
「どういうことか、説明してもらえるか」ヘンリエッタを睨み付け詰め寄る浅見。
潮風で乱れた髪をかき上げながらヘンリエッタはそれに答える。
「彼等は二つの間違いを犯しました……」ゆっくりと船縁へ向けて歩み寄る。「一つは集めた血のオドが不足していた事……」
「どう言う事だ」
「血液に含まれる生命エネルギー・オドは人体が死んでしまうと急速に失われてしまうのです。ですから、生き血。生きた人間から採取した血液で無いと意味が無いのです。恐らく採取の方法か保存に問題があったのでしょう。あそこの血にはオドがまったく足りていなかった……なので、復活した吸血鬼に自我が芽生えなかった。だから彼らの持っていた銀の剣にも全く怯まないのです。これでは容易に封印する事は出来ないでしょう」
「それで、もう一つは」
「もう一つは……」ヘンリエッタは大きく溜め息をつく。「あの吸血鬼は封印された時よりも階位を上げていた事です……」
「なっ!」浅見は驚きの声を上げた。
「恐らくアルバニース神父の仕業でしょう。封印したまま血液を与え続け力を蓄えさせていた。あの場にいた人間はみな動けなくなっていたでしょ? あれは “魅了” と言う効果です。ですから、あれを封印できる人間はあの場にはいないでしょう」
魅了……人をひきつけ、夢中にさせる能力。小説やゲームなどでは度々お目にかかる言葉だが実際に経験する事になるとは思わなかった。確かに吸血鬼がこの能力を使うと言う話はよく聞くが……今はそれが問題ではない……。
浅見は肩にかけた銃のグリップを握りしめながら問う。
「なあ、ヘンリエッタ。君は何故、百年前に封印されたはずの吸血鬼の事を知っている! お前は、何者だ!」
妖艶な笑みを浮かべるヘンリエッタ。
強い風に吹かれ、そのプラチナブロンドの髪がたおやかになびく――。
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