023『調査報告:極秘資料』


 千代田区警視庁本部庁舎 連続拷血事件対策室。


「どうなってやがるんだ!」長部は手にした書類をデスクに叩きつけた。

 本日未明に白劉羽の全国指名手配を出した長部であったが状況は芳しくない。


 当初より加熱した報道をされていたこの事件の世間からの注目度は高く、全国で寄せられた通報は膨大な数に上ってしまった。朝になり現職警官がその情報の確認に向かった。だが未だ上がってくる報告書の全てが誤認又はガセである。白劉羽本人が確認できる情報はまだ一つもない。


「だから、俺はまだ指名手配なぞ出すなつったんだよ!」

 この指名手配の発布は長部の本意ではなかった。彼の意向としてはもう少し捜査を進め、ある程度の当りを付けてから指名手配の流れに持ち込みたかったのだが、捜査第一課課長からの指示を無視できなかったのである。恐らくマスコミからの圧力に上層部が屈してしまったのだろうと思われる。最初の本田強一の身元判明に時間が掛かり過ぎたために、すでに警察の責任を問う報道まで出始めているのだ。


 ――何とも情けねぇ話だ……。このままでは押し寄せる膨大な情報に忙殺されて捜査が進展しない。

 長部は愛用の黒革製のオフィスチェアーに背を預け天を仰いだ。


 先日の本田強一所有の倉庫捜索時に提出のあったコンビニ映像で僅かにその姿が確認された後、未だ白劉羽の行方はようとして知れない。

 ――一体どこへ雲隠れしやがった……。

 対策室は重苦しい空気に包まれるのだった。



「おい、岩倉そっちはどうなってる」長部は顔だけを向け声を掛ける。

 それに昨日横浜の元高田宝飾店から押収した書類を調べた部下の岩倉が答える。

「それが綺麗なもんなんですよ。どの業者も真っ当な商売人です。ただ……」

「ただ、何だよ」長部がドスをきかせて聞き返す。

「いえ、手伝ってもらってる会計課の奴に言わせると、売り上げに対して仕入れが少なすぎるらしいんですわ」

「ちっ、裏帳簿か……」


 脱税に裏仕事。いつの時代も表に出せない仕事はあるものだ。そんな時にいつも出て来るのが裏帳簿なのである。

 ――こいつも後暗い仕事をしてたってわけか。まあ、チャイニーズマフィアに目を付けられてたんなら当然か。


「まだ、会計課の連中には見てもらってますけど、どうします。おやっさん」

「あー、まあ、適当でいいわ。どうせなんも出て来やしねぇだろうし」

 これではその書類をいくら調べても本田との取引の有益な情報は出てこないだろう。犯罪組織に狙われるような情報は多分裏帳簿の方だ。

 ――それを探し出さない事には始まらない。しかし、これだけ探しても見つからないと言う事は……。

 誰か共犯者がいる。もしくは、それを持ち去った誰かが……。黒蛇の連中だろうか……。

 

 殺害の手口は前の事件の本田強一の時と同じだ。しかし、このままでは本田と実際に取引があったのかどうかが判らない。

 ――結局、不死の妙薬と言うのは何なんだ? 何故そんな怪しいものの為に人が殺されなきゃいけない? 追いかけている黒蛇の連中は一体どこまで本気なんだ……。判らねえことが多すぎる。



 その時ふと、デスクの片隅に置かれている封筒に目が行った。

「ん? おい、元木この資料は何だ」

「あ、それは先程、公安調査庁の植木さんが持ってきたやつっス」

「ああん?」――あのすけこまし野郎、今回は何持ってきやがった。長部はその封筒に手を伸ばす。

 ここへ来る度に交通課の婦警たちへ粉を掛けて回る植木は、長部にとってどうでもよい人物である。


 そのデスクの隅に置かれた封筒には、これ見よがしに赤い判子で “重要書類在中” と “社外秘” が押してある。

 ――ちっ! 早速こっちの捜査に横槍入れてきたってとこか……。


 昨日、コンビニ映像から顔写真を抜き出すことに成功した長部たちは、個人の特定をするため仕方なく公安調査庁に情報提供を求めたのだ。

 その甲斐あって即日、黒蛇幹部の白劉羽の特定も出来たのだが、それは同時に公調側からの要請も無碍には断れなくなることも意味している。


 苦々しく思いながら長部はその封筒を手に取り、中の書類に目を通す。

 そして、その表情は見る間に青くなっていく。


 ――な? こ、これはどう言う事だ……。


 その書類に書かれていたのは、意外にも中国人の日本への渡航記録である。

 チャイニーズマフィア黒蛇の主要構成員の日本への渡航記録。先月中旬から徐々に数を増やし、今月頭で五十名を越えている。

 さらには、構成員の疑いのある者や下部構成員、支援者を含めると優に百人を超えている。


 それらの全てに出国の記録が無いとある。

 現在、持って日本に滞在中なのである。

 そして、さらにその全ての潜伏先は不明となっている……。


 ――どう言う事だ……。こいつら、この日本で何をおっぱじめるつもりなんだ!



「おい岩倉! 今動かせる人員は何人いる!」

「えーと、私を入れて二人。仮眠室の連中を起こせば六人です」


「すぐに、叩き起こせ! 日本中のホテルと宿で蛇探しだ!」

 長部の怒号が対策室に響き渡った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る