020『海老名:解読』

020『海老名:解読』8/14


 浅見とヘンリエッタは車に乗り込んだ。

「まだ見られてるのか」浅見は辺りを気にするヘンリエッタに聞いてみた。

「ええ、見られてます」


 恐らくこれも黒蛇の連中の仕業だろう。チャイニーズマフィアと言うのは兎に角規模がデカい。その上、秘密結社のような側面も持っているのでその構成員は中々把握できないが、上部に政治家などがいると、時には中国の諜報機関の国家安全部などのプロ集団が出張ってくることもあるのだ。

 ――まあ、どうせ今更こそこそ隠れても遅いだろう。電話までかかってきたのだから、既にこちらの動きは筒抜けだ。


 浅見はさして気にするふうでも無く車のエンジンをかけ、山田美来の家を後にし、一路横浜へと向かって車を出発させた。



 御殿場インターチェンジから東名高速道路に乗り、横浜町田インターを目指す。

 途中、海老名サービスエリアで昼食を取る事にした。


 車をサービスエリアの駐車場へ止め車を降りる。

 浅見は周囲を見回した。――後を付けられた様子は無いが……。

「なあ、ヘティー。まだ、見られてる感覚はあるか」

「いえ、無い様に思います」

「そっか……」――まあ、いいか。もし襲撃があるとしても今ではない。きっと宝石を手に入れてからと言う事だろう。

 浅見とヘンリエッタは車を離れサービスエリアの施設へと向かった。


 ――このエビフライのぶっ刺さったカレーパンは……一体、何だ!

 カリカリに揚がったカレーパンにエビフライが丸ごと刺さっているのを見つけた。見た目のインパクトで浅見は思わず購入してしまった。ヘンリエッタは向こうでここの名物メロンパンを買っている。

 浅見とヘンリエッタは適当にパンや飲み物を買いフードコートの一角に陣取った。

 二人はそれぞれ買ってきたパンに齧り付く。

 ――それにしても、サービスエリアで売っている名物パンと言うのは何故どこのもこんなに美味しいのだろう……。



 パンに齧り付きながら浅見はポケットからそっとカードキーを取り出した。


 “chtochpejasasaagagbebe”と右下の方へ刻印がされている。


 通し番号が書かれている物はたまにあるが、カードキーに半角英字が刻印されているのは珍しい。普段クレジットカードなどで見慣れているせいで気付かなかったのだ。

 ――この英字を数字に直す必要があるな。


「それが暗号なのですね」美味しそうなメロパンを頬張りながらヘンリエッタが聞いて来る。

「ああ、ヒントは黒電話……これが数字になるはずだ」――でなければ電話を掛けることが出来ない……。とすると……。


 浅見はポケットからメモ帳を取り出し“Ch To Ch Pe Ja Sa Sa Ag Ag Be Be”と書き込んだ。

 ――やはりな……携帯番号と同じ11桁……。前に “Ch” が二つあるからこれが “0” なのだろうと想像できる……数字に置き換える暗号にはよくあるタイプだ。


 英語の頭文字ですぐに浮かぶのは元素の周期表だろう。

 Ch=不明・To=不明・Pe=不明・Ja=不明 どうやら違うようだ。


 だとすると、これを考えた高田氏は宝石屋だったので誕生石かもしれない。

 Ch=不明・To=トルマリンで十月……いや、トパーズで十一月かもしれない。Pe=ペリドットで八月……元素の周期表より合っているがこれも何かが違う。ちゃんとした数字にならない。


 ――中々に難しい。きっと高田氏はこう言った類の謎々とかを作るのが趣味だったのだろうと思われる。余りお付き合いしたくないタイプの人物だ。面倒くさい。まあ、すでに本人が亡くなっているので文句は言えないが……。



「なあ、ヘティー。以前に高田氏と会った時、何か話をした覚えは無いか」多少呆れた様な声色が出た。

「そうですね……彼とは、基本仕事での付き合いしかありませんでしたから、いつもするのは宝石の話ばかりでした」

「例えばその宝石に独自の順位を付けていたりとかはしなかったのか」

「いえ、その様な事は……」ヘンリエッタが小首をかしげる。


 ――わざわざこんな暗号にしたのだ、他人には分からなくてもヘンリエッタに解ける物で無いと意味が無いはずだ。残されたメモは 〝待ち合わせは宝石の園、天使を呼び出せ〟 だったか……。天使? キリスト教か……。

「ではキリスト教について話をしたことは無いか」

「……」一瞬ヘンリエッタがメロンパンに齧り付くのをやめ考え込む。「そう言えばすこし前、キリスト教では無いですが聖書の話をしましたね。確かエルサレムの土台石……」

「それだ!」浅見は叫ぶ。


 すぐにスマホを取り出し検索を掛ける。

 誕生石の由来になった逸話。新約聖書のヨハネの黙示録に出て来る、エルサレムの城壁の土台石。


 どうやら解釈によって多少石の名前が違うようだが――高田氏の指しているのは多分これである。

「1.ジャスパー 2.サファイヤ 3.アゲート 4.エメラルド 5.サードニクス 6.カーネリアン 7.ペリドット 8.ベリル 9.トパーズ 10.クリソプレーズ 11.ヒヤシンス 12.アメジスト……」

 声に出しながら浅見はメモを取る。頭文字は2と5が被っている……。


 ――これだと、Ch=10、To=9、Pe=7、Ja=1、Sa=2又は5か――黒電話だから10は0と考えて……。“090-7122又は7155-××××”になる。2か5のサンプルがもっとあれば特定できるだろうが、今は時間が無いので両方に掛けてみよう……。


「多分これであっていると思うが……」

「ええ、そうですね。高田さんなら考えそうな謎々です。多分間違いないと思います」

「なあ、もしかして高田氏と言うのはいつもこんな感じだったのか」

「……故人を悪く言うのは失礼ですが、困った人ではありました」同時にヘンリエッタは小さくため息をついた。

 ――どうやら、いつもこんな人だったらしい。個人的にはお付き合いはしたくないタイプだ。だが、考えようによってはこの人のお陰で、“ラクミリ・デ・フィユ” は、今、無事なのだ。さぞ黒蛇の連中も面食らっている事だろう。


 ――しかし、問題は、まだ山田美来に連絡を付けることが出来るかだよな……。恐らく彼らの想定よりも二日遅れ。その間に、高田氏の死亡が発表され、犯人と目される白劉羽の指名手配があった。潜伏中の彼女が逃亡を始めるのには十分な時間がある。うまく連絡が付ければよいのだが……。

 まあ、ここまでやったのだ、諦めると言う選択肢は無いだろう。


 浅見は残っていたアイスコーヒーを飲み干し立ち上がる。


「よし、宝石の園 〝高田宝飾店〟 まで行くとするか」

「はい」


 二人は一路横浜を目指す。

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