017『御殿場:探索』


 朝食を終えた浅見とヘンリエッタは、泡嶋神社を出発し圏央道から中央道に乗り大月ジャンクションで河口湖線に乗り換え御殿場へ向かった。


 車を運転しながら浅見はヘンリエッタに質問する。

「なあ、ヘティー。君は御殿場へ行ったことはあるのか」

「いえ、ありません。日本に来た時に寄るのは東京と京都、それに、長崎くらいです」

「ん? 長崎?」

「ええ、長崎には古くからの知り合いの細工師が居ますので」

「成る程……」――長崎は江戸時代の南蛮貿易の影響で、べっ甲やサンゴの細工が盛んである。恐らくそれらの細工師の事を言っているのだろう。それに、古くからと言うのなら、長崎はマヒトが昔住んでいた西の沢村にも近い場所だ、もしかするとそれらとも何か関係があるのかもしれない……。


 途中のサービスエリアで一度休憩を入れ、時間にして約四時間。目的の山田氏の家は住宅地で無く、少し山へと入った別荘地の中へ建っていた。


 ――これは、ちょっとまずいな……。


 周囲を鬱蒼と茂る森で囲まれた別荘地。ここの所有者のほとんどは東京近郊に住む富裕層なのだろう。一軒一軒の敷地が広く、互いの敷地が隣接しないよう、間に森を挟み建物が離れて建っている。

 道幅も広く一本道なので、シーズン真っ盛りではあるが、他に人影も無く目立ってしまっている。これではもし、待ち伏せでもされれば避けようはないだろう。


 浅見は周囲に並ぶ大きなログハウスを警戒しながら、愛車の真っ赤なパジェロを走らせた。


 件の山田美来の所有する建物は、その別荘地の最奥にひっそりと佇む形で建っていた。

 北欧風のポスト&ビームの白壁造りでベランダやデッキも付いた結構大きなログハウス。どうやら仕事場もこの中にあるようだ。隣に自然石を積み作られた大きな車庫があるがシャッターは空いており車は見当たらない。

 生活するのには辺りに商店やコンビニも無く不便そうだが、こっそりと裏の家業をするのにはこう言った人気のない静かな場所は最適なのだろう。



 駐車場の前に横付ける様に車を止めた。

 途端、車から降りたヘンリエッタが鋭い目で辺りを見回す。

「どうした、ヘティー」その様子に気が付いた浅見が声を掛ける。

「どこからか視線を感じます……」

「何?」浅見も辺りを見回す。

 ――隣の別荘、いや、その向こう……いや、ここなら森の中に潜めばどこからでも監視できる。どこからか見られているのか? ヘンリエッタの感覚は鋭い。彼女が視線を感じると言うのならそうなのだろう。問題はそれが山田氏なのか黒蛇の連中なのかだが……。悩んでいても仕方がない。ここは、出たとこ勝負で行ってみるか……。

 

 浅見は周囲を注意深く観察しながら、玄関へと近づいた。


 呼び鈴を押してみる……反応はない。――留守だろうか? 車も無いので留守である可能性は高い。

 一階の窓の雨戸は閉じている。中を見ることは出来ない。

 二階の窓も全てカーテンで閉じられている。

 浅見とヘンリエッタはデッキを渡り裏口へと回った。


「これは……」

 道路とは反対側。森の方にある裏口の扉の鍵は空いていた。


 扉を少し開け中を覗いてみる。――人の気配は無いな……。

 しかし、床には複数の足跡――。靴のサイズがそれぞれ違う。複数の人間が出入りをした様だ。

 浅見は静かに扉を開け建物に侵入する。どこからか、何かが腐敗したような異臭が漂ってくる。少し遅れてヘンリエッタも付いて来た。


 廊下から僅かに開いたドアを押し開けて、部屋を覗き込む。


「あ……」

 雨戸の隙間から零れる光に照らされた室内は、完全に荒らされていた。


 棚は全て開かれ、中身は全て床の上に乱雑に放り出されている。クッションやぬいぐるみも引き裂かれ床に散らばっている。床の傷を見ると棚も動かされ裏まで調べられたようだ。


 ――これは間違いないな、手際の良さから考えてプロの仕業だ……。


 隣のリビングキッチンも全ての棚が開かれ中身が床の一か所にぶちまけられている。キッチンの方のお皿などは全てシンクの中へと放り込まれている。冷蔵庫の中身もお構いなしに放り込まれ、すでに異臭を放っていた。


「二階を見てきます」浅見の背後からヘンリエッタが声を掛ける。

「気を付けて。何かあれば声を出せ」

「はい」ヘンリエッタはそう告げると一人リビングの階段を上り始めた。


 浅見は慎重に玄関側の作業場へと向かう。


 開いた扉から中を覗く。

 この作業場も荒れ果てていた。部屋の中央にはこの部屋に在ったものが全てうず高く積まれている。バッグは開かれ、塗料の瓶も蓋が開かれ中身がぶちまけられている。書類や仕事道具も一緒くたに積まれている。

 そして、部屋の隅に設置された大型金庫は側面をバーナーで焼き切られ大きな穴が開いていた。中身は何も残っていない。


 これは当然、ラクミリ・デ・フィユを探した痕だろう。間違いなく黒蛇の連中の仕業だ。様子を見る限りでは大人数で押しかけて一気に捜索した様に見える。


 ――だが、ここまで徹底して捜索してると言う事は、結局お目当ての物は見つけることが出来なかったと言う事だ……。ワザと荒らして見せて絶対に諦めない所を見せつけていると言ったところか……。


「!」


 その時、風の動く気配に浅見は後ろを振り向いた。

 音も無くヘンリエッタが室内に現れた。


「二階の様子は」心を落ち着かせ浅見は尋ねる。

「同じ様に荒らされてました」

「それだけ」

「ええ、遺体も血の跡もありません」平然とした様子で応えるヘンリエッタ。

「そうか……うむ……」


 恐らくこの場所は高田氏を拷問にかけて聞きだしたのだろう。しかし、黒蛇の連中がこの別荘に来た時には、持ち主の山田美来はすでにここに居なかった。彼女は高田氏から宝石を渡されすぐに潜伏したか、それとも、異変に気付き逃げだしたと推測できる。

 ――となると今、黒蛇の連中は山田美来を探していると言う事か……。やっと向こうの連中に追いついたところだ。だとすると、どうしてもこちらが先に山田美来を探し出さなくてはいけない……。しかし、どうやって……。ここで何かのヒントを探し出さなくては、見つける事もままならない……。



“プルルルルルル! プルルルルルル!”

 突如、床に転がる据付の電話が鳴り始めた!


 浅見とヘンリエッタは互いに目を合わせ、そして浅見がゆっくりと手を伸ばし、その受話器を持ち上げた。


「もしもし……」

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