第3章 真相究明

016『指名手配:朝食』


 〝八月十四日付けで警視庁は、連続拷血事件の重要参考人として、中国籍男性:白劉羽(パイ・リューユゥ)三十二歳を全国指名手配したと発表した。〟 とネットニュースに顔写真入りで書いてある。警察にしては手が早い――恐らく公調が手を貸し情報を提供したのだろうと推察できる。それに、しても……。


「白劉羽だと……」思わず浅見はモニターを見つめ独り言ちる。

 ――確か奴は先日、香港で事件を起こしたチャイニーズマフィア黒蛇のナンバー3の男で、実質、実行部隊のトップの名だ……。以前に見た情報では、奴はいま中国で跡目を競い合ってたはず……なのに何故そんな大物が日本に来ている?

 まさかナンバー1だった黒牙の死亡にも何かラクリミ・デ・フィユが関係しているのだろうか? だとすると大変にまずいことになる……いや、だがこれは考えようによっては逆にチャンスになるのかもしれない。


 今、指名手配が掛かると言う事は、まだこいつは日本にいると言う事だ。少なくとも警察はそう確信を持っている。だとすれば、こいつはまだ宝石を手に入れていない可能性も大きい。

 さらに言えば、この指名手配でこいつの動きも大分制限されるだろう。逆にこちらは動きやすくなる。

 ――少しこちらにも挽回の機会が増えるかもしれないな……。


 浅見は明日に備え自室に戻りベッドへ倒れる様に寝ころんだ。

 ――取り敢えず、今日出来る事はもうやった。明日も早いので、もう寝よう……。浅見はそのまま就寝した。




「お勤め……」

 今朝も夜明けと共に、ポニーテルの赤星に叩き起こされ、お勤めの掃き清めを始めた。

 鳥居から参道を清めた後は皆の朝食の準備である。マヒトの居宅の食堂へと向かう。


 食堂では上下セパレートでおへその見える黒のスポーツウェアを着たヘンリエッタが、料理の準備をやっていた。――なるほど、幼児体系のマヒトやささやかな赤星に比べると、結構な破壊力を秘めている……。いつの世も圧倒的な物量と言うのは、最期に正義を勝ち取るものなのだ……。

 彼女はすでに玉ねぎのみじん切りを炒め終え、次にジャガイモを炒めている。沢山の卵も置いておるので、どうやらスパニッシュオムレツを作るつもりの様だ。


 浅見は少し考えて簡単に作れるコーンミルクスープを作り始めた。先ずは小鍋でバターを溶かし、そこへ少量の水とコンソメスープの素を入れ牛乳を注ぐ。塩コショウで味を調え、そこへ冷凍のコーンを入れる。

 次に、小鍋に水を入れ沸騰させてウインナーを投入する。茹で上がるまで少し時間があったので横に立つヘンリエッタに質問してみた。


「そう言えばヘティーは誰にマヒトの事を聞いたんだ」

「以前パーティーで知り合いになった外務省の職員の方です」

「ふーん、何故その人がマヒトのことを知っていたのだろう……」

「そうですね……私にもわかりかねます」

 ――むう。確かに領事館勤めの職員ならばセレブのパーティーに呼ばれることも多いだろう……。しかし、何故その人がマヒトの事を知っていたのだろう? 既に海外にもその噂が行っている? それとも、誰かが噂を流しているのだろうか……謎だ……。


 ウインナーが茹で上がったら粒マスタードとケチャップを混ぜて皿に添えて置く。

 同時にトーストをトースターに入れて焼く。バターは各自で塗ってもらう。レタスも良く洗いちぎってサラダを作って置いた。ソースはイタリアンドレッシングとマヨネーズを選べるようにしておいた。


 全ての完成直前にマヒトと赤星が朝のお勤めを終えてやって来た。

 四人が揃ったところで、トースト、スパニッシュオムレツ、ウインナー、コーンミルクスープ、レタスサラダをテーブルに並べ、「「「頂きます」」」……。

 どうやらヘンリエッタは料理の腕前もあるようだ――スパニッシュオムレツは大変美味しく仕上がっている。

 朝食を終え、浅見以外の三人は昨日買ってきたばかりのローズヒップティーを淹れて飲み、浅見だけはドリップコーヒーを口にする。


「今日はどうします」ヘンリエッタが尋ねて来る。

「パソコンを解析して出てきた御殿場に住むジュエリーデザイナーの山田氏のところへ向かうつもりだが」

「そうですか」そう言ってヘンリエッタはすまし顔で小指を立ててお茶を飲む。

「……」――ヘティの態度が少し微妙だ……。もしかすると、山田氏の事は最初から知っていたのかもしれない。恐らく山田氏は殺された高田氏の裏の家業のパートナーだったのだ。その事を私に知られたくはなかったと言うところだろか……。色々と突っ込みたいところはあるが、仕事としてやる以上あまり綺麗ごとばかり言っても仕方ないので黙って置く。

 浅見は残ったコーヒーを飲み干した。



 ヘンリエッタは外出着へと着替えに部屋へと戻った。

 浅見は既にグレイのスラックスに白のワイシャツで準備万端である。


「今日は、早く戻るのじゃろ」少し涙目のマヒトが上目使いで要求する。

 どうやら昨日の食事――朝からカップ麺――は相当に堪えたらしい。

「まあ、一応そのつもりだが……」浅見は答える。

 何故か赤星も両手を組んで目を潤ませる。


「……いや、念のため昨日、冷凍食品も買い込んできたから、何かあったらそれを温めて食べろ」

 チャーハンやシュウマイなど、温めるだけで食べれる冷凍食品を中心に買い込んで冷凍庫に仕舞ってある。


 それを一つ取り出し説明する。

「ほらこれ、皿に取り出してラップを掛けてチンするだけだから」手振りで説明して置いた。

「おお、その様な物があったのか!」驚きに目を見張るマヒト。

 実は昨日も幾つかは置いてあったのだが、気が付いて無い様子である。

「だから、もし私が帰ってこなかったら、これらを食べて待ってろ」

「うむ、わかったのじゃ……」袋を手に取り説明を読みながら答えるマヒト。

 ――本当に大丈夫だろうか……。


 この様子だとまた自分で砂糖などを振りかけて食べれ無くしそうだが、それは自己責任なので黙って置く。

 ちなみに、食パンなども買い込んできたので、まあ、何かあったとしても何とかなるだろう。


「お待たせしました」着替えを終えたヘンリエッタが現れた。

 胸元に大きな黒のリボンのついた真っ白なお嬢様風のワンピースドレスに黒のブーツを持っている。薄く化粧を施したその端正な顔立ちがビスクドールを思わせる。


「よし、それじゃ行ってくるか」

「うむ、早く帰って来るのじゃぞ」


 浅見とヘンリエッタは静岡県の御殿場を目指し出発した。

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