015『素麺:解析』
浅見達が赤羽を発ち、途中夕食の食材などを買い込みながら、泡嶋神社に戻って来た時にはすでに夕方になっていた。
そして、何故か涙目になっているマヒトと赤星に温かく迎え入れられたのだった。
――たった一日と半ぶりなのに……。
キッチンのごみ箱の中にピザの箱と買い置きして置いたカップ麺の殻が乱雑に投げ込まれている……。
この神社に配達してくれるのは、まだ駅前に出来たばかりのカレー屋とチェーン店のピザ屋だけだった。――不在の時の為に少し麓のお店を回って配達してくれるお店を増やして置かないといけないな……。と真摯に思う浅見なのであった。
早速、大鍋に水を注ぎ火にかける。
今日の晩御飯は夏の定番の素麺である。但し、アレンジ。
買ってきた鶏肉と白ネギを一口大に切り油を薄く引いたフライパンで焦げ目がつくまで炒める。
小鍋で湯を沸かし、薄くスライスした玉ねぎを入れ煮込む。透明になってきたら出汁醤油を入れ、炒めた鶏肉と白ネギを投入。醤油とミリンで味を調える。最後に刻み海苔と刻みネギを少し加えれば南蛮出汁の完成だ。
次にしっかりと沸騰した大量のお湯に素麺を投入。
くっつきやすいので良くほぐすようにかき混ぜる。吹きこぼれない様に火加減を調整しながら約2分。表面がうっすらと透き通ったくらいが食べごろである。ザルに上げ水道水で一気に冷やす。
それを手で掴み一箸分に小分けしながら大皿へと盛っていく。
ちなみにご飯もレトルトを使った五目御飯にして置いた。
レタスのサラダに茹で卵のスライスを乗せイタリアンドレッシングをかける。冷蔵庫に残っていた白瓜の浅漬けときゅうりの漬物も出しておく。
四人で食卓を囲み、「「「頂きます」」」。ヘンリエッタだけは両手を組んで祈りを捧げる。
――うん、うまい。
温かい汁に着けて頂く素麺は冷やし過ぎないのが肝要だ。ほのかに温まった麺に鳥の旨味が絡まり、そのまま喉を通り過ぎていく。これはいくらでも食べれてしまう。この出汁ならば薬味に刻み生姜やおろし山葵を入れてもいけるだろう。
時折、箸休めに漬物を突き、五目御飯を頂き、サラダも食べる。
四人で大皿の素麺を奪い合う。大量に茹でたはずの素麺は見る見るうちに減って行き、そして無くなった……御馳走様。
ズズズイっと食後の緑茶を啜りながらマヒトが問うてくる。
「それでそっちの首尾はどうなのじゃ」
赤星は無言で立ち上がり、一人食器の後かたずけをし始めた。
「どうって……」浅見は言葉を濁し自分で入れたコーヒーカップを手に取った。
「宝石は手に入りそうなのか、どうなのじゃ真」
――正直に答えれば 〝難しい〟 だろう。だが今は横に依頼者であるヘンリエッタが座っている。なので「持って帰ったデータ次第だな……」と答える。ヘンリエッタは聞き耳を立てながらも上品に食後のカモミールティーを楽しんでいる。
――恐らくデータを調べお金の流れを追えば色々と判って来るだろう。しかし……。
問題は高田氏がどこまで犯人たちに喋っているかなのである。もし宝石のありかまで話しているとすれば、もうとっくに犯人たちの手に渡っているだろう……。だが、高田氏も鍵を用意するなど入念な準備を進めていた。簡単に話すとも思えない……うまくすればまだ挽回のチャンスはあるはずだ。大体、可能性的には30%くらいか……。頑張ってみる価値はある。
「ふむ、そうか……ではヘンリエッタ殿、この先もこ奴の事よろしく頼んだぞ」
「はい、わかりましたマヒト様」席を立ち優雅にカテシーの真似をするヘンリエッタ。
――何故それをヘンリエッタに頼む?
飲み終えたコーヒーカップを持って浅見は赤星の食器洗いを手伝いに向かった。
片付けも終わり、浅見は一人事務所へ戻った。宝飾店から持って帰ったパソコンにモニターとキーボードとマウスを接続し起動させた。フィールドマウスに教えて貰った、暗証番号でログインする。
会計管理ソフトはさすがに既存の物で無く、万が一データを持ち出されても見れないようにカスタマイズされている。内容も符丁記号で書かれており一見では何の収支かわからないようにされている。
――裏帳簿とは言え個人経営の会社にしてはセキュリティを頑張っている方だろう。だが、ここまでである……。
同じパソコン内に別データで振込口座番号が書かれているのを発見した。
符丁記号と付き合わせれば、ここから誰にいくら振り込んだか、逆に振り込まれたかが判明する。
本来であればこう言ったものは別媒体に保存しておかなくては意味が無い。しかし、それをすると今度はそちらを奪われないように気を付けなくてはいけなくなるのだ。
結果、せっかく他人に知られないように構築した安全なサーバーがあるのならそこで一括管理してしまえ。となるのである。
『どんなに高いセキュリーティーであっても、結局穴を作るのは人間なのでーす』とはハッカーであるフィールドマウスの言葉である。窓も玄関もない家に、人は住むことは出来ないのだ。快適性や利便性を求める程穴(セキュリティーホール)の数は増えていく。
浅見は自分のノートパソコンを起動した。公安調査庁時代から愛用している物である。
そしてネットに接続し、とあるアプリを立ち上げた……。
一般の公務員が官庁関係のマスデータに接続する際に使用するアプリに少し手を加えたそれは、住民票や金融庁の低セキュリティーデータへ足跡を残さずアクセスする事が出来る代物だ。
そこで、先程判明した口座番号を検索していく。
一瞬にして、契約銀行の支店名。契約者の氏名・住所・電話番号・預金残高・登録されている他の口座が、マイナンバーと共に表示される。以前から法人の税金関連のデータは割り振られた登録番号で一元管理されていた……現在では個人もこのマイナンバーで管理されているのだ。
帳簿のデータと突き合わせ取引回数の少ないものは除外して、振り込みの回数の多い順に並べてみる。
最初に来たのは個人名――“
どうやらこの女性が最も死亡した高田氏と付き合いが深かったようだ。
毎月結構な額がランダムに支払われている。内容から察するに恐らく彼女が裏稼業のパートナーだろう。
山田美来三十歳。税務署の登録データではジュエリーデザイナーとなっている事が判明した。両親は大阪に在住で妹が一人いる。現住所は静岡県御殿場市須走となっている。富士山の程近く須走登山口の辺りである。
――成る程、確かに避暑地の様だな……。
それにしても、この帳簿を見る限り高田氏は裏でも相当にアコギな商売をしていた様子だ。盗品の買い取り額は殆ど原石の価格と変わりない。その辺りにも何か秘密がありそうだが、今は関係ないので放置する。だが、これはそちらの業界でも恨まれていたに違いない。――慎重すぎる性格はもしかするとこのせいではないだろうか……。
他の口座番号も一通り調べて、一覧表が完成した時にはすでに時刻は深夜を回っていた。
浅見はデータを二部ほどプリントアウトした――その時、偶々立ち上げたブラウザに表示されているインターネットニュースに目が止まる……。
〝吸血鬼事件容疑者指名手配〟 の見出しが躍っている。
――何だと……。
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