014『赤羽:プロテクト』
フィールドマウス(野鼠)は、元某有名ハッキンググループに所属していたハッカー(覗き屋)でクラッカー(壊し屋)である。時には、あのアノニマスの活動にも参加して、世界中の端末に忍び込みデータやセキュリティーを破壊しつくしていた。そこをアメリカの諜報機関であるCIAに拾われたのだ。
だがある日突然、彼は二重スパイの疑いを掛けられる。そして日本の諜報機関である公安調査庁へと保護を求めてきたのだ――。
その時、彼の保護を担当したのが浅見なのである。
彼の身を守りつつ、一緒になってCIAとCIAの内部情報を欲しがっているKGBの残党の手から日本中を逃げ回り、出先からWi-Fiや電話回線を駆使して情報の出処を探ぐった。
結果その疑いは昔の仲間の仕業と判明して、無事二重スパイの疑いは晴れたのだが――。それ以来、彼はCIAを退職し東京都内を転々としながら暮らしているのだ。
そして、何故か今日は赤羽界隈をうろついている様だ……。
ヘンリエッタと車に乗り込み、首都高速湾岸線から首都高速中央環状線山手トンネルへ入り池袋へと抜け、そのまま赤羽駅を目指した。
車をコインパーキングに入れ、待ち合わせした駅前のハンバーガーショップへ入る。
ここまでで約二時間――待ち合わせ時刻より十五分早く着いた――。
笑顔で迎えてくれる店員にアイスコーヒーを二つ頼み、店の奥のテーブルに着いた。
そして、浅見はスマホを取り出しフィールドマウスへコールを入れた。
「アッサミさーん!」
店の奥のトイレから、茶色の中折れ帽にブルーのジャケットを羽織った、濃い顔立ちのインド人青年が飛び出してきた。
――どうやらこの店で待ち伏せしていたらしい……。こいつがフィールドマウスである。
やせ型長身の怪しいインド映画に出てきそうな美青年。本名は不明。パスポートにはサイモン・マウラという名前が記載されているがCIA時代の偽名なので本名ではない。
「久しぶり、フィールドマウス」やや呆れ声で浅見が男に声を掛ける。
「おう、ちょっと見ない間についに彼女出来たのデスね。アッサミさーん!」
――こいつはいつもこんな風にテンションが高い。付き合うのには非常に疲れる相手だ……。
「残念ながら違う。こっちは仕事の依頼人のヘンリエッタだ」
「ヘンリエッタ・ヴェルガと申します。始めましてフィールドマウスさん」ヘンリエッタが軽くお辞儀する。
「おう、あイタタタ、ごめんなさい。アッサミはまだまだ寂しい男なのですね。早く彼女出来る事願ってます。こんにちわヘンリエッタ」これ見よがしに手を合わせヘンリエッタにお辞儀をするフィールドマウス。
――うっさい、余計なお世話だ……。
「ところで今日は何故赤羽にいるんだ」
「はぁい、今晩こっちでイベントがありまーす。先乗りでーす」
――そう、こいつは重度のアニメオタクなのである。恐らくそれが理由でこいつは日本にいるのである。そして時折、公安調査庁の仕事を手伝って生計を立てている様だ。
まあ、パソコンの前に座らせて置くと碌な事をしないのでこの方が良いだろう。ちなみにハッカー時代の彼の愛称はペストマウス(黒死鼠)である。
それにしても、まだ昼過ぎだ、夜にはまだ早すぎないか?
「そっか、今日はパソコンの解析を頼みに来たんだが、今、良いか」
そう言いながら浅見はバッグから宝飾店で手に入れたパソコンを取り出す。
「おう、ちょっと見せてください」
と言うと、テーブルの充電用コンセントに電源をぶっ刺して、パソコンを起動させた。そして自分のカバンから小さなノートPCを取り出しUSBで接続した。
「これ、どうしますかー」真面目な顔をしてノートPCの画面を見つめるフィールドマウス。
画面には、0からfまでのマシン語の文字列が並んでいる。どうやらそれを直接読んでいる様だ。
「取り敢えず、中が覗けるようにプロテクトを外してほしいのだが」
「おう、残念です、アッサミさーん。これ認証番号だけでプロテクト掛かってませーん」
「それならそれを教えてくれ……」
「ほい、来た!」
そう言うと、近くにあったレシートの裏にペンでサラサラと “diamante1999” と書き、もう興味を失ったらしくパソコンを仕舞い始めた。
――もっと時間が掛かると思っていたが一瞬で終わってしまった……。後はこれを神社へ持ち帰り自分で調べなくてはいけない。以前は仕事で良くやっていたこととはいえ憂鬱である。
「おう、アッサミさーん。これ前に頼まれていたデータです」と言ってフィールドマウスがマイクロカードを差し出した。
――ん? なんだっけ。浅見はカードを受け取った。
「ところでフィールドマウス。ちょと聞くけどお前、先程、私に電話かけて来たか」
「いえ、掛けてませーん。データ送信だけでーす」
「そっか、それならいいや」――それなら、さっきの電話一体誰からだろう? まあ今はいいか……。「それと、今回のは仕事だから、請求してもらえば支払うぞ」そう言いながら浅見もパソコンをバッグに仕舞う。
「おう、私とアッサミの仲でーす。必要ありませーん」
「いいのか?」
「はーい」
――そっか……。本当はこの先のデータ解析も手伝ってほしかったのだが、忙しそうだし悪い気がする……やはり今晩一人で解析するしかないか……。
そう考えながら浅見はテーブルのアイスコーヒーを口にした。
その後、今晩のイベントの内容をヘンリエッタも交えて少しばかり談笑した。
「それじゃありがとな、フィールドマウス」そう言って浅見は席を立ちあがる。
「どういたしまして、アッサミさーん。でも、早く彼女作ってください。ダブルデートしましょう」
「なに? お前、彼女出来たのか」
「はーい、すでに五人いまーす」満面の笑みでサムアップするフィールドマウス。
「……」
そして、丁寧に別れの挨拶をしているヘンリエッタを残して、浅見は一人そそくさとハンバーガーショップを後にした。
――滅びろ! リア充め。
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