011『捜索:電話』


 素早く扉の内側に入り鍵を掛け直す。

 浅見はゆっくりと室内を見回した。


 ――どうやらここは元店舗のスペースの様だ……。現在は倉庫として使われているのだろう。銀座のお店で使っていないアンティークなショーケースが所狭しと置かれている。その他、花瓶や傘立て宝石箱などの小物もある。

 奥へ進むと、沢山の椅子やテーブルが積み重ねられていた。高田氏の自宅にあったのと同じ豪華なロココ調の椅子も一対ある。

 床を見ても、最近に人が入った形跡はない様だ。犯人たちや警察にもまだここは知られていないのだろう。

 白いレジカウンターの上に懐かしい黒電話がこれ見よがしに置いてある。壁に線が繋がっているので使用可能なようだ。

 カウンターの後ろに二階へ上がる螺旋階段が見えた。

 音を立てないように注意しながら階段を上る。


 ――埃っぽい空気が漂っている……。

 二階は商談室だったのだろう。テーブルを挟みソファーが二つ設置され、周囲に段ボール箱が乱雑に置かれている。

 段ボール箱のほとんどは伝票の類の様だが、中には食器と書かれた物や包装紙と書かれた物もある。

 奥のテーブルや棚を見ても怪しいものは見当たらない。どれにも薄っすらと埃が積もっているので人の入った形跡はない。


 ――ここへ金庫でも設置されていれば、もしやと思ったが……。それらしい物はどこにも見当たらない。誰かが先に来て持ち出してしまったのだろうか? 協力者がいればその可能性はある……。だが、最近に人の入った痕跡は見当たらない。

 ここは外れだな。しかも、メモすら置いていないとは……。


 だがこれで何となく見えてきた。高田氏は万が一の場合でもヘンリエッタに鍵を渡すだけで 〝宝石を渡すつもりはなかった〟 と言う事だ……。いや、もしかすると後で場所を伝えて再度交渉するつもりだったのかもしれない。まあ、商売人なら自分の保身と考え併せてそういう行動に出るのも頷ける。普通は自分が死んだ後の事など考えて行動はしないのだ。自分は安全な場所から指示を出し、ヘンリエッタに鍵を取りに行かせるとか考えていたのだろう――あわよくばお金だけ受け取って――とまあ、そんなとこだろうと推察できる。

 しかし、彼は何かのミスか油断で自分が自宅に帰ってしまい、犯人に見つかってしまったのだ。それとも犯人たちの行動が予想以上に早かったのかもしれない――。

 それにしても、ヘンリエッタに手紙を出してから自分が殺されるまでの三日間、彼はどこで何をしていたのだろう?


 ――これは本当に面倒な事になってきたな。何とかここでもう一つの鍵とカードキーの手がかりを見つけなくては、ここに来た意味が無い……。

 浅見は注意深く辺りを見回しながらゆっくりと階段を降りた。


 ――そう言えば、外の電力量計が動いていたのは何だ? もしかすると、セキュリティーシステムかもしれないと思っていたが、それすら見当たらない。だとすると、ここで電気を使う物は一体何だろう? 電話線……?

 浅見はレジカウンターの中へと入った。しかし、黒電話は電気を使用しない。正確には電話線の電気だけで稼働する。


 ――あっ! あった。

 レジカウンターの下の開き戸の中へ、ルータのようなものが二つ並んでいる。

 一つを引っ張り出して確認する。

 単行本サイズのそれの背面にはモニターのコネクターとUSBの端子が付いていた。

 これは小型の省電力型のパソコンだ。恐らくサーバーとして使われていたのだろう。急いでLANケーブルと電源を外しカバンへと仕舞った。


 実はこれは予測出来ていた――。

 高田氏の余りに慎重な行動に異常なセキュリティーの高さ。ヘンリエッタの宝石の入手の経緯。

 恐らく彼は元々盗品なども扱う業者だったのだろう。だから常日頃から身の回りに気を付けて行動していたのだ。

 そして犯罪絡みの仕事とすれば、必要になって来るのが表には出すことが出来ない “裏帳簿” なのである。

 そう言った非合法組織の間では現金や即日決済の振り込みがあたりまえなのだ。なので常に動かせる現金がどれくらい手元あるか把握しておかねばならない。もし、少しでも振り込みが遅れれば、一瞬にして信用を失ってしまう。その結果報復を受けるのも常識なのだ。裏社会と言うのは表の社会より信用が大事なのである。

 昔であればノートなどに記載するのだろうが、現代ならばパソコンを使う。こうやってサーバーを建てて置けばどこからでもこっそりデータを記載可能なのだ。



「ん?」

 ポケットの中でスマホが震えている。これは電話の着信だ。

 ――こんな時に誰からだ? 番号は非通知だ……。


「はい、もしもし」

「……」

 ――最近は無言電話が流行っているのか?


「あー、もしもし、どなたですか」

『すぐその場から離れろ……』スピーカーの向こう側からくぐもった低い声が聞こえた。

 その一言だけで電話は切れた。

 ――今の変な声は音声変換ソフトか何かだろうか……。協力者? 一体誰から? だが、すぐにこの場から離れた方が良いだろう。



 浅見は急いでバッグを抱えて裏口から建物の外へ出た。

 そのまま急ぎ足で元町公園の中へと向かう。

 少し高台になっている藪の中から水色の建物の入り口の方を注視した。

 白いセダンが二台、すぐに現れた。入口に横付けするように車を止めスーツを着た男たちが次々と降りて来る。


 ――どうやら、彼等は長部の部下の刑事だろう……。危ないところだった。見つかれば、また、おっさんにどやされる。だが、どうやってここを知ったのか? その答えはすぐに訪れた。


 ポケットの中で再度スマホが震えてる。この着信はアプリだ。情報屋からのメールである。

 画面をタップして専用の解析ソフトを立ち上げる。不可逆暗号化されたそのデータを正しい文字列に変えて読む。


 前に高田渡氏の住所を調べて貰った際に、ここの場所は判らなかった。だからきっと所有者が別人になっていると考えた。それを今度は逆に住所から調べて貰っていたのだ。


 “三好幸子みよしさちこ四十二歳・銀座三丁目で飲食店ムーンストーンを経営。自宅は……。”


 どうやら彼女は高田氏の内縁の妻と言うやつの様である。

 だとすると、恐らく、彼女が高田氏の訃報を聞きつけすぐに警察に駆け込んだのだ。きっと、これから始まる泥沼の遺産相続の為に、一瞬でも早く妻を名乗り出ないといけなかったのだ――そしてここの住所が警察にばれた……。――なんとも世知辛い世の中だな……。



 浅見は一つ大きく溜め息をついてからその場を後にし、自分の車へと向かった。

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