008『聴取:鍵』


 浅見は玄関わきの小部屋へ場所を移し長部の聴取を受けた。


「そんで、何で宝石商が殺されてんだよ」説明を聞き幾分落ち着きを取り戻した長部が問う。

「いや、それを私に聞かれてもな……」

「本当は何か知ってんだろうが! ハンガリーの嬢ちゃんまで巻き込みやがって……まさかこの案件、政府絡みじゃねえだろうな」

「そんな事は無いけどな。ただ……」――本当は個人依頼の仕事だが、完全に公安調査庁の仕事と勘違いしてるな……。まあいいか。


「ただ、何だよ」不機嫌そうな態度で長部は問う。

「チャイニーズマフィアってのは、大抵上に政治家がいるんだよな……」

「何だって……そりゃ本当か」それを聞き途端に長部は顔をしかめる。

「ああ、日本のヤクザと違って、中国のマフィアは有力者が人を集めて組織するのが普通なんだ。だから大抵大きな組織の上には政治家がいる。だから国で好き放題出来るんだよ、あいつら」

「ふうん、厄介だな。だが、日本にいる間は奴等の好きにはさせねえ。必ずとっ捕まえてやる」と長部は意気込んだ。


「ああ……ところで、例の被害者の身元割れたんだろ」浅見は唐突に質問する。

「何でそんな事知ってやがる!」

「いや、昼過ぎに桜田門の前を通ったら、刑事課の車がせわしなげに出入りしてたからさ……」本当は今、チャイニーズマフィアから被害者が割れたかどうか確認した浅見……。

「けっ! いけすかねえ野郎だぜ、お前は! ああ、どうせもうすぐ公表されるから、まあいいや、被害者は本田強一、香港在住の日本人だ。仕事は漢方薬の輸入代行だよ」

「へえ、漢方薬ね。何だ危険ドラッグ絡みか」浅見は以前から漢方薬から抽出できる危険ドラッグの存在を知っていた。

「まあ、そんなところだ。なあ、浅見よ “不死の妙薬” って何だか知ってるか」

「不死の妙薬?」小首をかしげる浅見。

「ちっ! いらねえ情報与えちまったか」忌々しそうに長部が吐き捨てる。

「いや、中国で不死の象徴と言えば “玉” で翡翠の事なんだが、妙薬と言えば練丹術だな……」浅見は思案顔でそれに答える。

「練丹術? って何だよ」

「まあ言ってしまえば中国の錬金術みたいなもんだ。その中に不老不死の薬ってのがあってな、その原料に金とか水銀の素の辰砂を使うんだ」

「おいおい、水銀なんて毒だろうが」

「ああ、唐の時代の皇帝はそれで何人も死んでるんだ。だけどそれなら宝石商が襲われた理由にもなるだろ。貴金属だし。それにわざわざ血を抜く理由も説明がつくな……」

「どうして血と関係して来るんだ?」

「その練丹術で不死になった人間の血液は銀色になるんだよ。だから血を全て抜けば不死になってても関係なく殺せる……恐らく、その薬を使ったら殺してやる。って言う警告も兼ねてるんじゃないかな……」と、うそぶいてみる浅見。

「・・・・・、おい! だったらまだ死人が増えるのか!」一瞬考えこんだ長部が怒鳴る。

「その可能性は、高いかもな……ただな……」

「ただ? 今度は何だよ」

「いや、何故抜いた血液をわざわざ持って帰ったのかなと思ってな」

「なに?」

「ほら、高田氏の死因は血を抜かれた事だろ。なのにその血が今ここにないって事は犯人が持ち去ったって事だろ」

「なっ……」


 長部は何も答えず急いで遺体の検分をしている鑑識へ駆け寄っていった。

 何やら奥でベテラン鑑識と怒鳴り合っている……。


 ――目的が拷問と言うのであれば、流れ出た血を見せ付けた方が効果的なはず……。何故、放置せずに血を持ち帰ったのだろう……。

 浅見としては高田氏が血を抜かれて殺された事よりも、この場に血が残っていない事が気になった。



 浅見はそれからしばらくして、別室で聴取を受けていたヘンリエッタと共に解放された。

 二人は応援で駆け付けた鑑識の人達でごった返す現場を後にした。


 エレベーターを降り、地下駐車場の車に乗り込む。時刻は既に午後九時を回っていた。

「ホテルまで送りましょう」浅見が声を掛ける。

「はい、よろしくお願いします。それと、ありがとうございました。支払いの方は後日口座の方へ振り込まさせて頂きます」ヘンリエッタが丁寧にお辞儀した。

 ――そう言えば、依頼は高田氏を探すことだったな……。


「あー、その件ですが……もしよろしければ宝石の方も捜索させて頂きますが、どうでしょう」浅見は提案する。

「よろしいのですか……このような事態になって……」

「ええ、もうすでに乗り掛かった舟なので……こういう事態には慣れてますから……」そう、浅見は残念な事に、結構な巻き込まれ体質を持っているので慣れていた……。

「……それに、お一人でもその宝石を探すつもりでしょ」

「はい……」ヘンリエッタはその愁いを帯びた瞳に決意を滲ませる。

「それなら、私もお手伝いします」そう言いながら浅見はポケットの中の鍵をヘンリエッタに見せた。

「それは?」

「高田氏の部屋に隠してあった鍵です。心当たりはありますか」

「銀座のお店の物では……」

「いえ、あそこは、最新式の指紋認証と暗証番号になってましたから、違います」

「……でしたら……高田氏の御父上がやられていたお店の物かもしれません。以前にまだお店が残っていると話されていましたから」

「場所は?」

「確か横浜元町公園の西側のはずです。そういえば、どこかに別荘を持っているのも聞いたことがあります。何でも夏に避暑によく出かけるのだとか……」

「場所は?」

「存じ上げません」

「そうですか……取り敢えず、ここでは何ですから、ホテルへ向かいましょう」


 そう言って浅見は愛車の真っ赤なパジェロのエンジンを掛け駐車場から発車させた。

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