007『自宅:発見』
目黒区自由が丘から僅かに
四階建てと低層ではあるが高級なマンションが高田の自宅の住所であった。駐車場は地下にあり一階はロビーとロータリーになっている。浅見達は地下にある来客用の駐車場に車を止めた。
想像していたのより高級そうなマンションだったので、浅見は車の中であらかじめ持って来ておいた仕事用のスーツに着替えた。
髪も簡単にセットし、少しでも真面目に見える様に黒縁の眼鏡をかける――。
そして、ゼロハリバートンのアタッシュケースを持ちヘンリエッタと共に一階のロビーへ向かった。
ロビーの長いカウンターの中にマンションコンシェルジュが居るのが見えた。茶色いジャケットの制服を着た若い男が立っている。
浅見は堂々と近寄り声を掛けた。
「すみません、ジュエリーTAKATAから来たのですが、401の高田渡社長はおいでですか」きわめて真面目な口調で言った。嘘は言ってない。
「しばらくお待ちください」若い男が受話器を取って番号を押す。
しばらく経って男が答える。
「おいでにならないようですが、お約束は」と問うてきた。
「いえ、三日程前から会社に出勤しておりませんし、連絡も取れないので安否を気遣って来てみたのですが……」
男は後ろの郵便受けを確認した。肩越しに郵便受けに新聞やダイレクトメールがたくさん入っているのが見えた。
すぐさま「しばらくお待ちください」と言って男はカウンターの奥の部屋へと消えて行った。
年配の同じ制服を着た、いかにも執事風の男性が落ち着いた物腰で現れた。
「少しお時間ください。確認に行ってまいります」
「ご同行しても?」浅見が絶妙なタイミングで間髪入れず問う。
執事は浅見とヘンリエッタを上から下まで眺めて答えた。
「どうぞ……」
そのまま三人はオートロックの扉を越えた。
エレベーターを降り広い四階の通路を端にある401号室を目指して通路を歩いた。
すると突然ヘンリエッタが顔をしかめて呟いた。
「血の匂い……」
それを聞き浅見も鼻をひく付かせる。――別に何も臭わないが……。
執事は401号室の鍵を差し込み扉を開けた――。
その時、鼻腔に絡み付くような脂と鉄の匂いが漏れ出した――。執事もそれに気づき一瞬にして顔が青ざめる。
「ここに居て」浅見は執事とヘンリエッタにそう言い残すと、玄関で靴を脱ぎ廊下を奥の部屋へと向け進んだ。
奥の扉を開け放つ。
二十畳以上もある広いリビング。そこに高田氏は座っていた。
変わり果てた姿となって……。
いかにも高級そうなロココ調の椅子に、手足を縛られた状態で座らされている初老の男性。
首元に針を差したような穴が開いて僅かに血の跡が残っている。肌は血色も無く真っ白だ。
周囲には飛び散った僅かな血痕。その血の上に何かが置かれた跡がある。――何かの機械だろうか? サイズは小型のコンプレッサー程度か……。床には複数の足跡もある。血が渇き、腐敗も始まっている所から死後四日と言ったところだ――。
そのすぐ横のガラス製のテーブルの中央に銃弾が1発だけ置かれているのを見つけた。銅コート加工されたボトルネックタイプの7.62x25mm弾――トカレフ弾。イタリアマフィアがよくやる警告。――恐らくヘンリエッタへ犯人が宛てた物だろう。追って来れば必ず殺すと言う意味だ……。
浅見は慎重に部屋を見回した。別段荒らされている様子はない。いや、部屋の隅に設置されている金庫は開け放たれている。さらに奥の方にある事務所に置かれている様なシンプルな柱時計に目が行った――。
迷わず浅見はそれに近づいた。
そして、下に飛び出したノブを回し、時刻を十時十二分に合わせ押し込んだ。カチリと小さな音を立て文字盤が開かれる。
そう、これは、隠し金庫である――。自分のお店で待ち合わせるのに、十時十二分と言う半端な時間を指定してあったことに浅見は当初から疑問を持っていた。恐らく高田氏が手紙を出すと同時に、この時計の時刻を設定し保険を掛けて置いたのだろう。
文字盤の裏には――二つの鍵と、カードキー。しかし、メモの類は見つからない。
それを取り出し、浅見はポケットへ入れ、時計を元の時刻に戻しておいた。
そして、おもむろにスマホを取り出す。
「あ、もしもし、おっさん。……あ、いや、ちょっとそっちと関係ありそうな死体みつけちゃってさ、すぐ来てくれない……わかった……場所は、世田谷……」電話の相手は刑事の長部明人である。浅見はどうやら逮捕されるらしい……。
浅見は部屋を出て執事とヘンリエッタの三人、通路で警察の到着を待つことにした。
十分ほど待つと所轄である第三方面本部の制服警官らしき二人が現れた。
「発見された遺体と言うのはどちらですか」
「こっちです」浅見は制服警官を先導して案内した。
「それで第一発見者は、あなたでよろしいのですね」
「はい……」
浅見は玄関先まで移動し事情を説明し始めた――。
ヘンリエッタが取引で八月十日にお店に出向いたが、そこに高田氏が現れなかったこと。その後、知人に電話をかけまくったが行方が分からなかったこと。そして今朝になり、ヘンリエッタから依頼を受けて共に探し始めた――ここで、不本意ながら浅見は自分を探偵だと認めざる負えなかった――それで、知人から何とかこの住所を聞き出し、管理人に扉を開けて貰ったと……。意図的に黙っていることは多々あるが嘘は言っていない。勿論、鍵の事は内緒にしている。
と、ここまで説明を終えた頃にようやく長部がドカドカと部屋に入り込んできた。
「おい、浅見、お前はどいうつもりなんだ!」
開口一番、問答無用で胸倉を掴まれた……。
「どう、って、捜査協力だよ……」微妙に冷汗を掻く浅見。
「あー! お前の捜査協力は死体を作る事なのか!」
「何言ってんだよ、見つけただけだよ、たまたまだ……」
「昨日の今日でそんなこと信じられるか!」
――うん、普通、そりゃそうだ。昨日吸血鬼事件の話をしたばかりなのに、それに関連ありそうな死体を見つけるなどと言った話はそうあるものではない。しかし……。
「いや、本当にたまたまだ」と言っておく。本当は少し心当たりがあるが、どうせ言ってもわからないだろうし説明も長くなるので黙って置く。
「嘘つけ、公調が絡んでんだろ! くそ! お前ら一体裏で何してやがる」
「いやー、そんな事はちょと……」浅見はワザと言葉を濁す。――多分この方がうまく勘違いしてくれそうだ……。
「チッ! まぁお前らが話すわきゃねぇわな」長部はそう言いながら投げ捨てるように手を放す。「言い訳ぐらい聞いてやる、話せよ」
浅見は、もう一度先程の説明を一からし直した。
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