006『銀座:家宝』
一方、銀座に向かう浅見達は――。
ここから車だと高速道路を使ったとしても銀座までは、最低三時間はかかってしまう。
一旦高速に乗ってしまうとこの先、食事を取るところが無いので、少し早いが駅前のファミレスで昼食を取る事にした。
テーブルに案内され浅見はステーキ定食、ヘンリエッタはかつ丼を注文した。
ヘンリエッタは日本を訪れた際には日本食を頂くらしい。ラーメン店のはしごをしたこともあるそうだ。
割と月に一度程度は訪れるそうなので、日本の事情にはかなり詳しく言葉だけでなく、生活や習慣なども良く知っている様子である。
――まあ、ラーメンは国民食ではあっても日本食では無いのだが……。
早々に食事を終えた二人は車に乗り込み出発した。
圏央道に乗り込み八王子ジャンクションで中央自動車道へと乗り換え、高井戸インターチェンジから首都高速4号新宿線へ入り千代田区まで進んだ。ここまでに途中何度か渋滞に嵌った為に結局4時間近くかかってしまった。ここからは下道を使って皇居の前を通り銀座へ向かう。歌舞伎座の前を通り過ぎそこから東へ進む。
ひっそりとしたオフィス街の一角。銀座と言う割に高田氏のお店は実際には新富町にあった……。
オフィスビルの一階にある落ち着いた雰囲気のこじんまりとした店舗。小さなショーウインドウに金色プレートの小サイズの看板で、“TAKATA” とだけ書いてある。
室内の電気は消えており入口はバー状のシャッターが下りている。室内を覗くとアンティークなショーケースが並んでいるのが見えた。
ショーウィンドウと扉にセンサーが付いている。天井の四隅とショーウインドウには監視カメラ。シャッターを開くには暗証番号と指紋認証が必要な様子だ。
――セキュリティーはしっかりしてそうだ。室内は荒らされた形跡はないか……おや? 監視カメラの電源が落ちているのでは――。動体センサーの反応もない。それに、少し室内のショーケースに空きも多い気がする。どうしてだ? 夜逃げでもするつもりだったのだろうか……。
「ヘンリエッタさん。お店は最初からこの状態で?」浅見は質問してみた。
ヘンリエッタがショーウィンドウから店内を覗き込む。「はい、多分、別段変化は無い様に思います……」
「では、高田氏の自宅は?」
「いえ、それが誰も知らなかったもので……」
「ふむ……」
――何だろうヘンリエッタが一瞬苦々しそうな顔をした気がしたが……。まあ、こんな商売をしてるのだ、セルフセキュリティーが高くても仕方ないだろう。商売柄で人に自宅の場所を教えない事はままある事だ。こう言う個人経営のお店の場合、自宅で強盗に襲われるなどと言う話はよく聞く話だ。
――しかし、流石にこの状態では警察に調べてもらう決定的な証拠がない。かと言って放置ができるシチュエーションでも無いだろうし……うん、どうしたものか……。
仕方ない、あの手を使うか――。
浅見はスマホを取り出した。そしてアプリを立ち上げどこかにメッセージを送る。
『銀座アンティークジュエリーTAKATAの店主。高田渡を調べてほしい。特に自宅住所。その他情報あればメッセージをくれ。至急連絡請う』
「これで良しと――ヘンリエッタさん、少し時間かかりますんで、お茶でも飲みに行きましょう」
「はい」
浅見とヘンリエッタは歩いて大通りへと向かい、近くで見つけたコーヒーショップへと入った。
「カフェモカ・ホット・ショートでそれと……「トールバニラノンファットアドリストレットショットエクストラホイップクリーミーバニラフラペチーノで」……だ、そうです……」ヘンリエッタは店員に流れる様に呪文を唱えた。
コーヒーを受け取り、二人は窓際のテーブルに座る。時刻はもうすぐ午後五時である。
「浅見さん、先程のメールはどこへ」
「ああ、あれは昔なじみの情報屋です。パソコン関係なら何でもありの奴なんでたまに利用してます。彼ならすぐにでも自宅の住所を割り出せるでしょう」
「そうですか、それは便利そうですね」
「ええ、そう言えばヘンリエッタさん。高田氏に探してもらっていた宝石って何ですか」
「それは……」
「あ、言いたくなければいいです」
「いえ、少し長い話なのですが……」
ヘンリエッタが話始める――。
その宝石と言うのは、過去に盗まれたヴェルガ家の家宝なのだと言う話である。
約百年前、ヴェルガ家は没落しルーマニアからハンガリーに移り住むこととなった。そこで私財を投げ出しワイナリーを経営し始めたのだった――。
土地が良かったせいか、そこで作付けされたブドウは結構良質な物が出来あがり、ワインはすぐに評判になっていったそうだ。
そして、当初何もなかった荒れ地には人が集まり小さな集落が興り、次第に物流も盛んになった。
そして、その集落は村へと発展していった――。
丁度その頃、祭りの日に中国人の軽業師の旅芸人一座が村に興行に訪れた。しかし、その連中は実は旅芸人などではなく盗賊団だったのだ。
祭りの夜――村の家々から悲鳴が上がる。各々の家の蓄財がいつしか消え失せてしまっていたのだ。
人々は村の中心の広場に集まる。ヴェルガ家の当主が村人を率い犯人を捜す――。旅芸人の一座が村から姿を眩ましたことはすぐに判明した。
そして、村人総出でその一団を追いかけた。しかし、結局シルクロードに逃げ込まれてしまい、そのまま行方不明となってしまった――。
その時、盗まれたのがヴェルガ家の家宝 “ラクリミ・デ・フィユ” という名の真っ赤な宝石だったのだ。
逆三角形の台座に据え付けられたティアドロップ型のブラッドストーン。
それを追うヴェルガ家の人々。しかし、その盗賊団の行方はその後も杳として知れなかった――。
だが、同時にその宝石を追って日本にまで来たのが今の商売の始まりになったそうである。
「……今回、高田氏から連絡があったのはその “ラクリミ・デ・フィユ” らしきが見つかったからなのです」
――なるほどな、何代にもわたって探し続けられた家宝だからこそ、必死になって高田氏を探しているのだろう。
と言う事は、今回の依頼は高田氏を探す事では無くその宝石を探す方が大事と言う事だ。
ラクリミ・デ・フィユ――確かルーマニア語で “子供の涙” だったかな……。それにしても真っ赤なブラッドストーンとは珍しい。ブラッドストーンは緑の中に赤い斑点があるのが通常なのだ。
〝プップ、プップ‥‥‥プップ、プップ〟 浅見のスマホが着信を知らせる。
「あ、来たみたいですね……」スマホを覗き込む浅見。「……どうやら、高田氏の家は世田谷にあるみたいです。行ってみましょう」
「はい」
二人はコーヒーを飲み干し、高田氏の自宅がある世田谷区へと向かった。
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