004『依頼:出発』
その女性はヘンリエッタ・ヴェルガと名乗った――。
年の頃は二十歳前後。見事に手入れの行き届いたプラチナブロンドのストレートヘアに、仕立ての良い紺スーツ。メリハリのある美しいプロポーション。顔立ちは幼さを感じさせるが、長い睫毛に憂いを帯びた大きなブルーの瞳で、妖艶な雰囲気を醸し出している。
「真よ、その方は
――おっと、いけない。一瞬、見つめたまま固まってしまった。
「私、ここの手伝いをしている、浅見真と申します」軽くお辞儀をして見せる。
「そしてそなたに、人探しを手伝ってほしいそうなのじゃ」
――ん? 人探し?
「誰を?」ちょっと声が上ずった。
ヘンリエッタはこちらを向き、その長い睫毛の瞳をこちらへ向け流暢な日本語でこう語った。
「はい、私共と取引のあった『アンティークジュエリーTAKATA』の店主。
――ほう……。
「少し話を聞かせてもらおうか」そう言いながら浅見はマヒトの横へと座り話を聞いた。
彼女、ヘンリエッタ・ヴェルガはルーマニア貴族の末裔で、現在はハンガリーでワイナリーを経営しているそうである。
ヴェルガ家は代々、趣味と実益を兼ねてオリエントの宝飾品をヨーロッパ貴族相手に販売しているそうだ。その為、度々買い付けに日本と中国に訪れている。
過去に曾祖母が日本に訪れた際に、京都でマヒトに出会い色々と手助けしてもらったことがあるらしい。
今回は以前から付き合いのあった高田渡氏から手紙をもらい、日本に訪れたのだが、約束の時刻になっても本人が現れなかったために、知り合いたちに片っ端から連絡を取ったが行方が掴めなかった――。そこで、他の知り合いたちにも連絡をしていたところ、偶然にもマヒトの噂を聞きつけ、確認の為この泡嶋神社に訪れたとの事だ――。
正直、マヒトの裏の事情を知っている浅見から見れば、大変に胡散臭い人物である。なにせ、マヒトはつい最近まで八十年の長きに渡り眠り続けていたのだ。神秘性を求める宗教関係者や研究者ならいざ知らず、そんな人物のところへ普通に会いに来る人間が普通の感覚であり得るはずは無いのである。しかし――。
――ハンガリーだとトカイワインが有名だな。世界三大貴腐ワイン……。フランスのルイ十四世が『王者のワインにしてワインの王者』と絶賛した逸話は有名だ。それにワイン発祥の地の一つと言われるハンガリーには、美味しい白ワインがたくさんある。フルミントにシャルドネ、ウェルシュ・リースリング――。白ワインだと先ず魚料理を思い浮かべるが、チーズ系の料理やフルーツ系のデザートにも良く合うんだよな、これが……。
浅見はそこに食いついた。
「事情は分かった。見つけられるかどうかは別として、探してみると言う事でどうだろう」真面目な顔で浅見は提案する。
「よろしくお願いします」ヘンリエッタが丁寧にお辞儀した。
「それで、先ず聞きたいのだが、いつもは連絡はどのようにしてるんだ」浅見がヘンリエッタに質問する。
「普段、高田からの連絡は電子メールを通じて行っていました」
「今回だけ手紙で連絡を?」
「ええ、そうですね」
「その手紙は?」
「こちらです」と言いながらオーストリッチのハンドバッグからヘンリエッタは封書を取り出す。
国際郵便で送り付けられた封筒。中身を取り出す。
裏が透けない様に厚手で二つ折りのカードが出てきた。文面は手書きで――。
『お探しの宝石らしきものを発見。八月十日十時十二分に銀座の店舗にきてほしい 高田』消印は八月五日になっている。
――まずいな……ワインにつられ先に引き受けるなんて言わなければよかった。マヒトの紹介だから問題はないとは思うが、面倒な事になりそうだ……。
何が問題か――先ず、この高田なる人物は、情報の漏洩を避けるためにメールや電話でなく、わざわざ国際郵便で手紙を送っていることだ。これはメールだとどうしてもサーバーにデータが残ってしまうからだろう。
そして、内容は簡潔で本人同士にしかわからない書き方をしている。これは高田氏が事前に何らかの危機を察知しての行動だと考えて良いだろう。場合によっては手紙を調べることが出来る規模の相手――警察や何らかの諜報機関、もしくはそれに準ずる相手を想定していると言う事だ。これが、その高田氏の性格が慎重だっただけ、という話であれば問題ないのだが、本人の行方不明と合わさると問題になって来る。
――これは! トラブルの匂いがプンプンする。
浅見はそっとマヒトの方を横目で見やった。
「さて、妾はお勤めの時間じゃの。後はよろしく頼むのじゃ。のう、浅見探偵殿」と
そして、スクリと立ち上がり、そそくさと拝殿の方へと消えて行った。
――くっ! このやろ……。何がよろしく頼むだ。面倒事押し付けやがって! 浅見は恨みがましく心の中で悪態をつく。
「事情はわかりました。何か掴めるかもしれないので、先にその銀座の店舗へ行ってみる事にしましょう」少し気落ちした声でそう言って浅見は立ち上がる。
「はい」
二人は連れ立って拝殿の控室を後にする。
浅見は途中、社務所で護符を書いている赤星を見つけ、マヒトへの嫌がらせの為お昼はなるべく辛いデリバリーのカレーを頼むように勧めてから、ヘンリエッタと愛車の真っ赤なパジェロに乗り込んだ。
先ずは、高田氏のお店、銀座にある『アンティークジェリーTAKATA』を目指す。
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