第1章 探偵業務開始
003『御勤め:来客』
003『御勤め:来客』8/12
「眠い……」浅見は竹箒を手に思わずつぶやいた。
昨日、刑事の長部が昼過ぎにやって来て、それからこの神社の宮司のマヒトたちの買い物に車で付き合わされた……。
街の郊外にあるショッピングモールでマヒトたちの使う家具を買う。てっきりマヒトの好みは和風なのかと思っていたが、意外にもモダンな物を欲しがる様なので、結果組み立て式のラックとテーブルに座椅子等々を購入し、配達を頼んでおいた。
そして、遅くなったので夕飯はそのまま外食。ここへ帰って来ると、購入した家具類がすでに届けられており、それらを社務所の奥のマヒトの新居へと運び込み、夜通しあれやこれやと組み立てていたのである。
浅見としては、どうせこれと言った仕事も無いのだし、昼まで寝てればよいと考えての事だったのだが――。
夜明けと共に、突如、身体が激しく揺さぶられた!
「ん?」薄目を開けるとそこには黒髪ポニーテールの少女の姿が……。
マヒトの世話役の
「なん……、仕事も無いんだからもう少し寝かせてくれよ……」
無言でさらに激しく揺さぶられる。
「わかった、わかった……ふあ~」
赤星がぽつりと呟く「御勤めは、御勤め」
「はいはい、起きますよ」そう言って浅見はベットから起き出した。簡単に身支度を整え事務所の外へ出る。
そして、竹箒を探して神社の参道を掃き清めを始めた。
――まだ眠い……。
「ふぁ~~~」思わず浅見は欠伸する。
東京都内とは言え、さすがに周囲に民家すらない山の中。真夏だと言うのにまだこの時間帯は少しばかり肌寒いくらいの気温である。
――だけど、スズメがさえずり空は晴れ渡っている……。日が高く昇り始めるころにはきっと今日も暑くなるだろう。
浅見はその真っ青な空を見上げた――。
境内から鳥居までの参道を丁寧に掃き清めて朝のお勤めを終える。ゴミを腐葉土場と焼却炉へ持っていき、そのままマヒト達の居る社務所奥の出来たばかりの新居に向かった。
この山一つを切り開き完成しつつある新しい泡嶋神社は、本殿、拝殿、神楽殿を備えた立派な神社である。さらにその後、そのまま宮大工たちが社務所とマヒトの住居も建てた。
その結果――マヒトの住居は “平等院鳳凰堂” となってしまった。
十円玉のそれである。と言っても似ているのは外観だけで、中はちゃんと現代住居に成ってはいるが……。この建物の作成の指示をした宮内庁がどこまで本気なのかわからない。外観は神社の本殿よりも立派である。きっと外から見た人たちはこの建物を本殿と間違える事だろう。
浅見はその建物の左側にある食堂を目指した。建物の横にある勝手口の扉を開けて靴を脱いで上がり込む。すると、すでにマヒトと赤星がキッチンに立ち料理を作り始めていた。
――しまった!
この二人には決定的に欠落している物がある。それは、味覚である。
マヒトはやたらと甘いものが好きで、赤星は味にはまったく頓着しない。先日もマヒト作による激甘カレーを食わされたばかりだ!
浅見はすぐに二人から包丁を取り上げ、食堂のテーブルへと追いやった。
味噌汁を試食して見ると、すでに砂糖が投入され甘々になっている。汁を半分捨てて水を足し八丁味噌を解き直す。
フライパンを見ると謎のソースが……。舐めて見ると何に使うつもりだったのか砂糖醤油のようである。
――これは、砂糖をどこかへ封印しないといけないな……。と心に誓う浅見なのであった。
麦ごはんにメザシに豆腐の御味噌汁。キャベツのサラダに追加で作ったベーコンエッグ。
三人で手を合わせ、「「「頂きます!」」」してから朝食となった。
――うん、普通においしい朝食だ。
「今日って何か予定あるのか」メザシを頬張りながら浅見は尋ねた。
「うむ、お昼ごろに来客の予定じゃ」答えるマヒト。特に料理の味に不満はない様子である。
「車出した方がいいか」
「いいや、タクシーでも使って自分で来るじゃろ」
「そっか……」
何せここはバスも通わぬ山の中である。最寄りの駅まで車を使っても20分は掛かってしまう。本当に交通は不便な所なのだ。
マヒトと赤星の為に紅茶を入れ、自分用にコーヒーを沸かす。
浅見はゆっくりと食後のコーヒーを楽しみ、食器を片付けてから事務所に戻った。
そして、事務所の隣のリビングのソファーで一人、ゴロンと寝転がる。
――どうせやる事も無いので、少し早いがお昼寝タイムと洒落こむか……。
開け放った窓から、山の木々の間を抜けた心地よい風が吹き込んでくる。若草の息吹を吸った優しい森の香り……。
小鳥のさえずりが窓辺に聞こえる……、そして……。
「んが!」またも体が揺すられ目が覚めた。
薄目を開けると、そこには巫女装束に着替えた赤星。
そして、ポツリと呟く。
「お客さん……」何故か微妙に不機嫌そうだ。
だが、事務所の方に人気は無い。ので聞いてみる。「どこだ?」
「拝殿」そう一言だけ呟いて赤星はそそくさと事務所を出て社務所の方へと去って行った。
浅見はソファーから起き上がり、二階の自室でTシャツの上に白のワイシャツを羽織り、小奇麗に身支度を整え拝殿へ向かった。
参道を歩き境内を横切り、靴を揃えて拝殿へ上がる。しかし、拝殿の中には人気が無い……。
――おや? ぐるりと縁側を回り控室へ行く。スッと扉を開くとそこにマヒトはいた。
いつの間に購入したのか六十インチの液晶テレビが上座に鎮座している。その前に十二歳位の身体のマヒトがちょこんと座る。
「うむ、待って居ったぞ。こちらの方がお客人じゃ」
テーブルを挟みその向かいに輝くようなプラチナブロンドのストレートヘアの女性が座布団の上に座していた。
そして、プラチナブロンドと目が合った――。
「始めまして、私、ヘンリエッタ・ヴェルガと申します」
彼女はぺこりと頭を下げ流暢な日本語でそう挨拶した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます