成り立つ例より成り立たない例
◇これは時間を止めていると言うよりも……、
「わかった!
熱力学の第2法則 に
エントロピーは必ず一方通行で増加していく
ってあるよね。
ボク達は普通はそれを日常として感じて生きているけど、
君の行動は 磁界内の 様々な素粒子の回転 を操って
それぞれ対応したペアの素粒子 と
もつれさせているんじゃない?
そうやって磁界の内側に
自然界の 熱力学第2法則 とは反対の性質を持った別の時空を生み出して、
エントロピー(乱雑さ)の増加を食い止めたり減らしたり出来る。
それがナブラ……、君の持ってる能力だろ?
違うかい?」
「ごめん。
そうなのかもしれないけど、
難しい理屈は僕わからないんだ。
でもね、不思議なんだよ。
誰かから教わった訳でもないのに、
僕は物心ついたときからこの力が使えるようになったんだ」
「ボクと一緒だね」
「え? ラプラシアンもそうなの?」
「実はボクもなんだ。
ボクも光の波長や屈折率を操つる能力は
誰かから教わったって訳じゃ無くて、
気がついたら使えるようになってたんだ」
「ねえ、二人とも!
その話は後にして。
牢屋の番人が戻ってくる前に早くここから逃げ出しましょう」
「確かにそうですね。
でも一つ問題があるんです」
「問題ってなにかしら?」
「ナブラくんの能力の射程範囲です。
牢屋から出て、ここから一番近い向かいの出口まで行ければ
出口のドアを閉めて番犬を追い払えるだろうとは思うんですが……。
あの一番出前の扉以外はけっこう離れていますよね。
ねえ、ナブラ?
君のその能力はどれくらいの範囲大丈夫なんだい?」
「僕の能力はその一番出前の扉までの距離しか離れられないと思う……」
「そっか……、仕方ないかな」
「ねえ、ラプラシアン?
どうして一番出前の扉に行くことをさっきからためらっているの?」
「あの扉の前には操作パネルがありますよね?
あれで頑丈にロックされているんですよ」
「ホントね……。
でも、他に方法が無いんなら仕方ないじゃない」
「そうですよね。
あの扉から外に出ることを考えましょう。
ナブラ?
ボク達は先にあの扉の前に姿を消したまま移動するけど、君はそのまま後退りしてボク達の後についてこれるかい?」
「大丈夫、ラプラシアン達が扉のロックを開けるまでなんとか持ちこたえてみせるよ。
だけど、操作パネルって言ったよね?
この能力にも限界があるから、
あんまり時間はかけないでね」
「わかったよ。
ナブラ、ありがとう」
番犬の動きを食い止めるナブラを背に、
扉の前に来たラプラシアンは
さっそく扉の前に浮かんだ装置パネルを確認した。
ホログラムの装置パネルには4つの
小さな丸いボールが浮かんでいた。
そして、浮かんだ4つのボールの下には
『パネルの表示を
ボールの表面のアルファベットが母音のとき、
そのボールの内側は偶数というルールに合わせ
扉に触れよ。
確認の為にボールの外殻を破壊するピンポイントレーザーを設置した。
但し、4つあるボールの外殻は必要最低限のボールの個数しか壊してはならない。
ボールの外殻を壊し過ぎた時点で脱走者とみなす』
と注意書きがあった。
「ボールの表面がアルファベットの母音?
ボールの内側は偶数?
これ、いったいどういう意味なのかしら?」
「なあデルタ、父さんからも
ちょっといいか?」
「なあに、パパ?」
「その注意書きの下にボタンが2あるよね?
そのボタンの……」
「パパ~!
スロットのボタンとレーザーのボタンでしょ?
それはあたしもわかっているわ!
効率的に考えなくちゃ、
もたもたしていたら私達また捕まっちゃうわ!」
「え~と、パパが言いたいのは
そこじゃなくってね、
え~と……」
「まあまあ、ナブラくんのお父さん、
デルタさん。
ここはひとまず落ち着きましょう」
「は……い」
「この一番大きな一つのボタンはお二人もお気づきのとおり
多分スロットのスイッチになっているんだと思われます。
そしてボタンを合計で4回目押しすることでアルファベットAからZと自然数の1~9ののランダムな組み合わせが出来る仕組みですね。
問題の文脈から考えて、
スロットだけは何回でも回せるみたいですね。
そして、右端にあるボタンはレーザーのボタン。
ただ、
そこで先ほどナブラくんのパパさんが
言われていたのは
扉の一番下にある小さな3つ目のボタンについてですよね?
ボクもパパさんに言われるまで気が付きませんでした。
これ、スロットは何回も出来ますが
答えの並びが当たっているかを確かめるには
レーザーで外殻を破壊しないといけない。
…………。
でも、失敗は全て無条件でやり直しさせない
なんて条件はどこにもありませんよね?
これはきっと、ボールの外殻を必要以上に壊し過ぎる前に、
早めに不一致に気がつき
もう一度やり直す時の為のリセットボタンだと思います。
つまり、間違えと気がつくのが遅れて
ボールの外殻を壊し過ぎた時点で失敗し
やり直しは効かないんです。
レーザーを使わずにあてずっぽの運にかける方法もありますが、今ボク達がわかっている情報の量から考えて当たる確率は非常に低く、
これは避けたほうが無難でしょう。
そして、ボクはあなた達とこの牢獄で出会う前にこのパネルを操作して扉から出ていく兵士の指先辺りを望遠能力で観察していたんです。
そして、わかったことは2つあります。
このパネルのロックには複数の出題パターンがあること。
この扉が関係者専用の本物の扉であることです。
そして、今回の出題パターンはボクが知る限り初めてなんですが、
前回と前々回に望遠能力で観察してみた出題パターンは
わりと有名な モンティホール問題 と ケーニヒスベルクの7つの橋 の思考問題を理解していれば解ける内容だったんです。
だから、きっとこの問題も
なにかしらの 有名な 思考問題と関係があるんでしょう」
「わかったわ。
それじゃ先ずはあたし達ははじめ何からとりかかったらいい?」
「それではデルタさん。
スロットを4回目押して自然数とアルファベットの組み合わせを作ってください」
「え?
さっそく回しちゃっっていいの?」
「大丈夫です。
大切なのはスロットで組み合わせを作ってしまった後ですから」
「わかったわ。
じゃあいくわよ~!
それ!、それ!、それ!、え~い!」
「ピコ~ン! ピコ~ン!」
「ねえねえ、ラプラシアン?
組み合わせた表示が点滅はじめて、
下の方に60秒からカウントダウンが始まったけど大丈夫なの?」
「デルタさん落ち着いてください。
大丈夫です。
じゃあ、その組み合わせを読み上げてみてください」
「え?
また、あたし!?
わ、わかったわ。
え~と……、
8 C 5 U
よ」
「では、デルタさん。
あなたならどのボールの中の表示をレーザーで打って確認しますか?」
「あ、あたし!?
え~と、U 、違う?」
「…………」
「え、違うの!?」
「どうしてデルタさんは U を選ぼうと思ったんですか?」
「だって、 母音 のときはって条件が注意書きに書いてあったじゃない。
だから……よ。
ち、違うの?」
「ちなみにボクは答え既に気づいています。
デルタさん、正解!!
その通りですよ。
じゃあ、U のボールをレーザーで打ち抜いちゃっってください」
「バキューン!!
はい、これでいい?」
「はい。
みてください。
U のボールの中の表示は 2 でした。
母音 U の 中身は 偶然の 2 。
確かに条件に合っていますね。
でも、この情報だけで 条件 に合ってるって決めつけても大丈夫ですか?」
「ちょっと待って……。
考えさせてよ」
「はい。わかりました」
パネル下のカウントダウンの表示はまたリセットされ、
60秒から刻みはじめていた。
「ヒ、ヒント教えてよ!」
「ヒントですか。
ヒントはですね、
成り立つ例より成り立たない例を探すことのほうが大切です」
「あ!
わかったわ!
成り立たない例、
C だと母音が……という前提条件に合わないから、
そうなると必然的に 除外ね。
選んだU と 除外した C の他には
8 と 5。
成り立たない例って言われたら
偶数じゃないのは 5。
つまり、あと一つ、この 5 奇数のボールをレーザーで打って出てきた表示が アルファベットの
母音 A I U E O の五種類のうちどれかだった場合はやり直ししなきゃ駄目で、
もし、アルファベットの母音以外の表示だった時は条件は 全て 満たしているって訳ね」
「正解です。
デルタさんおみごと!
さてと……。
ところで、ナブラくんのパパさん!
さっき何かいいたそうな表示されてましたが
どうしたんですか?」
「え~と、
私は扉の一番下のボタンに
TSA って書いてるからもしかしてって思ったんだけど……。
この前私が旅行に行く前に買った新しいスーツケースにはTSAロックっていう鍵がついていて、
空港職員にしか開けかたがわからない特別な鍵があるって
書いてあったから、
もしかして、そのリセットスイッチもそうなのかな~なんて思ったんだ」
「ね……、ねえ、ラプラシアン?
今のパパの言ってたこと、この扉のセキュリティと関係あるのかしら?
まさか~アハハ、アハハ。
関係無いわよね~?」
ラプラシアンはやや下を向くとデルタに対して気まずそうに顔を赤らめると
首を横に降った。
「ちょっと何よー!!
その、まんざらでもありませんよって あからさまな顔は~!
じゃ、じゃあ!!
関係あんの!?
あたしがこんなに頭を使って
バカみたいにヒヤヒヤしながらいろいろ悩んだりしなくても
簡単に扉の外に出られたってこと!?」
「は……、はい。
まあ、リセットスイッチは10秒ほど長押ししないと扉のロック解除にはなりませんし、
TSAロックを知らなかったデルタさんには わからなくても仕方ないですよ。
ちょっと、デルタさん!?
顔色悪いですよ。
大丈夫ですか?」
「ちょっとパパ!
どうしてそんな大事なことを早く教えてくれなかったの!?」
「だって、パパに言わせてくれなかったじゃかいか……」
「みんな~、
お取り込み中悪いけど
そろそろ僕の能力も限界だよ。
扉は開いた?」
「ごめん、ナブラ。
開いたよ。お待たせ!
能力を解除して、すぐに扉に飛び込むんだ!
出来るかい?」
「う、うん!!
よし、能力の解除完了。
え~い!」
ナブラは、ラプラシアンに言われるとすぐに
能力を解除してみんなの待つ扉の向こうに飛び込んだ。
■ワン! ワン!ワン!■
■ん!
ワシは牢屋の番をしながら寝てしまってたのか。
ん!?
どうした、ポチ?
急に吠え出して。
ご飯足りなかったか?■
■く~ン!く~ン!■
■そうやって扉に頭をぶつけるんじゃない。
ほ~らポチ、ご飯だぞ~■
■ワン!ワン!ワン!■
■お~! いい子だな~、ポチ~■
「もうこんな時間なんだね」
セキュリティ扉の外はもうアジトの外で、
夜もふけ、辺りはもう暗くなっていた。
「ふ~。
みんななんとか無事脱出出来たみたいだね。
ナブラ?
君には能力で負担かけすぎちゃったけど
体調は大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫みたい。
ごめんね、みんな。
僕のことで心配かけて」
「そっか。
なら、先ずは一安心だね。
ボクはあなたたちにお礼がしたい。
ボクの家まではそんなに遠くないから
着いてきて」
ナブラ、デルタ、ナブラの父親の三人は
ラプラシアンの自宅までの帰路に着いていくことにした。
「ねえ、ナブラ?
顔こっち向けてみて?」
「姉ちゃん、何でもないよ~」
「いいからこっち向きなさいってば!」
「ナブラ……!!、
あなた、その顔……、
どうしたの!?」
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