クロスモーダルワールド
ナブラ、姉、父親の三人は押し入れの中に広がる真っ暗な異次元空間を母親の石の放つ光の方向を目指して歩いていた。
「狭い押し入れの中にこんな広い空間があったなんて私まだ信じられないわ……」
「父さんもこんは場所初めてだよ。
さっきから三半規管がゆさぶられる気がする」
「そうね。
それに……、私達ずっと真っ直ぐ進んでいるはずなのに、
まるで一つのポールの周りを
同じところを何度もぐるぐる回っている気分だわ」
「父さん思うんだけどね、
父さん達は偽物の見た目に頭や体が騙されているんなんじゃないかな?」
「パパ、それどういうこと?」
「パパもニュースで知っただけで詳しくはわからないんだけど、
例えば、仮想現実のメガネで巨大なりんごを見ながら実際には普通サイズのりんごを食べると
早く満腹感を得られたりするらしいんだ。
クロスモーダル現象って言われているらしいんだけどね」
「パパ、そんな難しい言葉で講義をされても
私やナブラには解らないわ!」
「ハハハ、父さんの悪い癖だね。
ごめんごめん」
「パパったらもうっ!」
「ねえパパ?」
「どうした、ナブラ?」
「真っ暗だからよくわからないけど
さっきからガチャガチャ音がするよ。
何か持ってるの?」
「これか?
これは父さんが日曜大工で使っている工具さ。
異世界でナブラの友達を助ける時に役にたつと思って持って来たんだ」
「僕に貸して!」
「ナブラ待ちなさい!
勝手に触ると怪我をする」
「先っぽがハサミみたい!
僕に使わせて?」
「駄目よナブラ!
あんたまだ幼いんだし危ないわ!」
「まあまあ、二人とも。
ナブラ? じゃあ、父さんと一緒に使おうか?」
「いいの?」
「ナブラがもう少し大きくなって父さんがいいって言うまで自分だけで使わないって約束してくれるならいいぞ」
「うん、わかった。
僕約束するよ!」
「よし、それならいいよ」
「ありがとうパパ。
ところで、その道具は何処に使うつもりなの?」
「すぐにわかるさ」
「え~!
今僕に教えてよ~!」
「ねえパパ? ナブラ?
光はあそこで終わってるわ。
もう出口みたい……。
二人とも覚悟はいい?」
ナブラの姉は光の先を指差した。
光は暗闇に空いた小さな穴から漏れていることがわかった。
「あの時と同じだよ!
僕はこの穴を通って異世界に行って来たんだ」
「光はどんどん小さくなってこの場所で点になったということは、
この場所は望遠鏡の仕組みでいう
実像と虚像が交わる点、
つまり焦点なのかもしれない」
「焦点?」
「もうっ!
こんな豆粒くらいの小さな穴なんて
入れないわよ……」
「みて? 入れるよ!
パパ? お姉ちゃん?
僕についてきて!」
「ちょっと……、ナブラ?
待ちなさい!」
「本当……だわ!!
私達、今この小さな穴に入ってる!」
「ちょっとナブラ大丈夫!?
あんた今、体がラーメンの麺みたいに引き伸ばされてるわよ!!!」
「わあ、本当だ!
お姉ちゃんやパパもだよ!」
「やだー、怖いわー!」
「二人とも前を見るんだ!!」
「え? 前に何かあるっていうのって、
え!?、これ嘘でしょ……?
これって確かなんとかホールって言うのじゃない?」
「僕知ってる!
これ、ブラックホールだよ!」
「そうだね。父さんもそう思う。
今父さん達はブラックホールの事象の地平面を通過しようとしているのかもしれない」
「そんな……。
ちょっとナブラ?
これ私達ここに吸い込まれて大丈夫なの?」
「僕が前に入った時は穴がもっと大きかったし、
ブラックホールなんて見なかったよ。
どうして前に入った時と違うんだろう……?」
ナブラ達家族三人はゆっくりゆっくり、
そして確実にブラックホールの中に入っていった。
入って行ったというよりも、空間ごと覆いくるまれていったと言ったほうがいいかもしれない。
覆われた空間は物凄いスピードで密度を増してぐんぐん小さくなっている。
麺状になってもはや原形を留めない哀れな三人の身体はますます細く引き伸ばされていく。
そして三人はくるまれた空間の内側に螺旋状に巻きとられ次第に一点に集められていく。
「あれ?
動きが止まったよ?」
「…………」
「ねえ?
パパ? お姉ちゃん?
二人とも何か応えてよ!」
ナブラは急に静かになった二人を不安に感じ周囲を見回した。
「ツー……………………ン」
静かで全く音が無いはずのその絶対静寂の世界に聴こえる音。
未知のストレスにさらされ続けた
生物としてのナブラの聴覚には、
視覚と同様に想像を絶するストレスがかかっていた。
「僕の耳、壊れているのかな?」
ナブラが感じる聴こえるはずの無いその音は、
きっと未知の恐怖を取り除こうとする身体の防御反応からくる錯覚に違い無かった。
「また目の前に小さな光がある!
ねえパパ? お姉ちゃん?
もう先に行ったの?
ねえ?」
「…………」
ナブラはしばらく二人の返事を待ってみたが
全く返事は返って来なかった。
「もう僕、光の方へ進むからね?」
ナブラは行方がわからなくなった父親と姉を
置いて、ひとまず光の方へ歩きはじめた。
ナブラの目の前の光はどんどん大きく明るくなっていった。
そして、さっきとは反対に、ぎゅうぎゅうに覆いくるまれた空間が今度はどんどん広がりはじめた。
それからしばらくすると、
光の中から何やら声がするのがわかった。
◇……ラ~!◇
◇…………ラ……こ……~?◇
◇ナブラどこ~?◇
「パパとお姉ちゃんだ!
二人が僕の名前呼んでる!!」
「待ってよ~!
僕はまだここだよ~!」
ナブラはそう叫びながら急ぎ足で穴の出口へ向かった。
ナブラは息をハーハーさせながらなんとか穴の出口にたどり着き、穴をくぐり抜けた。
「ナブラ!!
なかなかみつからないから父さん達心配したぞ」
「ごめんパパ、お姉ちゃん……」
ナブラは二人にそう一言謝ると
辺りを見回した。
「やあ、ナブラ久しぶりじゃないか!
この二人が君のお父さんとお姉さんなんだね」
「う、うん……」
「どうしたナブラ?
せっかくのボクとの再会だろ?
あまり嬉しそうじゃないな?」
「…………、
ううん、嬉しいよ!
もちろん会えて嬉しいよ。
ナブラ、ただいま!」
ナブラは異世界の友達との再会が嬉しかったが、
それと同時に感じる
とても強い違和感を今この場で直接本人のラプラシアンに話すべきかどうか幼いながらも迷っていた。
◇僕、この先のこと……、
きっと知ってる。
でも、自分でも何がなんだかよくわからない。
だけど、
『知ってること』、『違うこと』は確かなんだ……。
どこかが『違う』筈なんだ◇
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