黒幕
巨大結晶のある次元にたどりつき、あたし達はとにかく愛理栖がいないか手分けして探し回った。
◇よう! えみたん じゃないか?◇
突然、男性の等身大のホログラムがあたし達の目の前に現れた。
「その声は貴様か?
◇
「あー、悪い!
え〜と……、お前って髪の毛無いじゃん?
だからつい間違えちった」
◇君のその失礼極まりない態度は昔と全然変わって無いようだね。
な、えみたん◇
「だから、その呼び方はキモいから止めろと昔から行ってるだろ~が!」
「谷先生、この人と知り合いなんですか?」
あたしは先生に理由を尋ねてみた。
「こいつはな、うちが卒業した大学の元クラスメートだ。
今では世界的な素粒子物理学者で、
理論をまるでヘアースタイルのように
自由に操る様から、
奴は 素粒子のカリスマ美容師と言われているんや。
『奴に髪は無いがな』
大切な事だからもう一度言うぞ。
『奴に髪は無いがな』」
「『髪は無い』……んですね。
そこ、こだわるところなんだぁ……アハハ。
名前は
あ! 一休さんですよね?」
◇うわ~それを言うな~!◇
月水というホログラムの男はうめきだした。
「真智、奴をまくし立てて失意のどん底に陥れたい気持ちはうちにも痛いほどわかるが……」
わかるんか~い!
ってあたしは心の声でツッコミを入れた。
「痛いほどわかるが、奴はハゲ散らかしたその頭を
奴なりに深刻に悩んでいるんだ。そのへんでやめてやれ」
◇うわ~!
エレガントじゃないよ~!
エレガントじゃないよ~!◇
「月水、もちつけ!
素数を数えるんだ!」
「2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47, …」
「ハハ~、大変ですね~、谷先生……」
あたしは対人関係が個性的すぎる
谷先生が気の毒で気をつかった。
◇君に心配される程僕は落ちぶれていないよ。
それに、僕の事を変人みたいに君は言うけど、
果たして君は普通だったのかな~?◇
「え? 谷先生、昔何かあったの?」
「
◇あ~、あれは僕が忘れもしない大学のゼミ。
若い女性が講師の物理のゼミで、先生がみんなに質問したことあったよね?
「【
電子や陽子、中性子、分子、イオンの入射、衝突や、フォノンなどによるものがあります。
もうすぐ休み時間ですね。
最後にこの問題。
今日説明したまとめですが、
光、熱、電場、磁場などの外場により
引きおこされるものを何て言うでしょうか?
だれか答えわかりますか?」
「…………」
「そうですか。
じゃあ、まだ当てて無いのは谷さんでしたね。
谷さん答えて!」
「ぐ~、すや~……」
「先生~、谷さん寝ています!」
「仕方ないですね~、
「はい。
えみたん、起きて! 当てられてるよ!」
「う~何? うち?」
「谷さんやっと起きましたね?」
「今日説明した、
光、熱、電場、磁場などの外場により
どういう状態になるかわかりますか?」
「へ?
うち、聞いてないからわからへん!
ねえ、ゲス? ノート見せて?」
「ちょっと僕のノート無理やり取り上げないでよ!」
「谷さん、チャイムも鳴りましたし、
早く答えてください。
わかりませんか?」
「わかりました。でも、恥ずかしい……」
「恥ずかしい? 何故ですか?」
「いいえ、大丈夫です。
ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ」
「ぼ?」
「ぼ、勃起します。
……勃起しました」
「!!!!」
「????」
「し~ん」
「あ、あれ?
うちの答え違った?」
「えみたん……、それ
「ワハハ、ワハハ、ワハハ、ワハハ、
ワハハ、ワハハ~」
◇僕があの時教えてあげなかったら君はずっと勘違いしたままだったんじゃないか?
その後、若い女性の講師の先生は赤面して慌てて教室を飛び出していったよねw
そして、教室は文字通り爆笑の渦w◇
「
昔の話だ!
ゲスだってそのゼミであんなことやらかしただろ?」
「みなさん、ここは試験に出ます。
ここまでで何か質問はありますか?」
「はい! 先生!」
「
どうぞ」
「先生、その二重スリット実験で、
その時点での光はどんな状態なんですか?」
「いい質問ですね。
その時の光は波です」
「な、な、波?」
「あれ?
大丈夫です?」
「だ、だ、大丈夫ですよ~」
「本当に本当ですか……?
先生は今……ものすごく嫌な予感しかしないんですが……。
ゴホン、
え~ちなみに、並行宇宙という発想もここから生まれたと言われています」
「平行?」
「おい、ゲス! 今それ関係無いぞ!
それに漢字や意味もちゃうし」
◇うちはあの時ああ言ってお前をフォローしてやったのにな◇
「平、平……」
「無駄か~」
「平行、波、
波、平行 」
「は~しゃ~ないわ。
みんな~、危ないから教室から避難してや~!」
「ちょっと谷さん、どうして……?」
「理由は後で説明します。
先生も逃げてください!」
「私は教師です。仕事に誇りを持っていますし、
生徒には必ず向き合ってみせます!」
「やっぱこうなるか~」
「波、平行、波、平行~、
波平行波平行波平行波平行~」
「ね?
「…………」
「…………」
◇場がひとまず落ち着いた後、
お前は目をまん丸とあけたキモい顔で自分を指差し◇
「んん……、波……平?
……ん?」
◇先生にそう言ってジェスチャーして試していたよな?◇
「え? 先生そんなこと
言ってない!言ってない!!
言っていませんよ~。
先生は波平なんて一言も言っていませんからね~」
「ほらぁ~、先生 今 【波平】って言ったぁ~!
うわ~! うわ~! うわ~!」
「ちょっと?
先生の心の声
{ったく、なんやコイツ……、
すげぇめんどくせぇ~。死ぬ程うぜぇ~。
その少ねぇ髪の毛、根こそぎ全部むしったろかぁ~?}
「先生、逃げて!
奴に、
「え~どうしましょう?」
「うちは対処法知ってますんで。
「2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47, …」
「よし、すごいぞ、
「……?」
「どうした?
「僕が波平?
そんなのエレガントじゃないよ~!
エレガントじゃないよ~!」
「谷さん、彼大丈夫ですかね?」
「おい、俺たち心配で教室に持ってきたんだが」
「僕らにも何か手伝えることはかいかな?」
「一緒にコイツが落ち着く方法を考えてや!」
「素数は?」
「もう試した!」
「自然対数の底はどう?」
「それはまだや!」
「ね~
2.71828 18284 はい、続けて!」
「59045 23536 02874 71352 …、
……、うわ~!
波平なんてエレガントじゃないよ~!
助けてママー!」
「おい、いきなり自然対数の底は刺激が強すぎるだろ?
円周率が基本だろ?
な?
「3.14159265……、
ママ~!」
「駄目だ~。
誰か他に策はないか?」
「ルート2は?」
「基本の基だな! それいってみようぜ!」
「全く、本当にあの時の
◇あの事は忘れてくれ……頼むよ~えみたん?◇
「うっせ~! だからその呼び方するなって言ってるだろ!」
谷先生はまるでヤンキーのように媚びる
「そんな言い方酷いよー!
僕は、ママにも叱られたこと無いのにー!!」
「駄目だこいつ。早くなんとかしないと……」
「あーもう!
だいぶ話が脱線したから単刀直入に聞くで。
うちらの街をあんな風にめちゃくちゃにしたのは
◇ま~半分正解だね◇
「半分?
どういうことや……?」
◇君たちの街がめちゃくちゃになった大元の責任は
君たちにある◇
「うちらに?
それは何故や?」
◇君たちがあの少女が住む19万6883次元に興味本位で行ったりしたから、
関係が生まれ巻き込まれてしまったんだよ◇
「あの少女だと?」
◇僕があの娘の暴走のきっかけを作ってしまったのは
素直に認めるよ◇
「きっかけだと?」
◇僕はこれでも各国の首脳と繋がりがあってね、
数理研究の質の見直しを進言して回っているんだ……◇
「ああ、うちは知ってる!
お前のせいでうちはアメリカとイギリスの大学、
清都大学からお払い箱にされたからな!」
◇わかってくれよ~、
君の宇宙の本質を探す基礎研究は、僕達の研究の依頼主である
国家やパトロンの実益に繋がらないじゃないか?◇
「だからってきさまはうちのように基礎研究をメインに扱う世界中の数理学者達を弾圧しているのか?」
◇弾圧なんてひどいな~、
僕はちゃんと、一人も漏らす事無く再雇用先の大学も手配しているんだよ◇
「貴様~!
それで、うちのように物理や数学から宇宙の本質を研究する学者達の研究をやめさせて原子力の研究をさせているんだな?」
◇そうだよ。
まあまあ、えみたん落ち着いて。
君はまるで、量子論のコペンハーゲン解釈に神はサイコロを振らないって言って駄々をこねたアインシュタインみたいだよ。
不確定性原理で真相は絶対に知ることが出来ない事は逆説的に
証明され科学者達はみんはそれに反論できないんじゃないか?
もう科学が心理を探し夢をみるバブル時代は終わったんだよ。
だから僕はね、君も早く
ね? これが一番合理的ですばらしいことだろう?◇
「ふざけるな!
それに、お前は科学者としての大切な心を無くしている!
お前のやっていることは
核兵器、軍事利用だろ!
お前はパトロンの為なら戦争という人殺しにだって平気で加担するのか?
答えろ!」
◇科学者の戦争への加担は沢山の前例があって何も
今に始まったことじゃないよ。
それに、インターネットのようにそこから生み出された技術が今の便利な暮らしに役にたっている例だってたくさんあるんだ。
それと、僕は原子力の研究分野で原子力発電だって推進しているんた。
あとは、教科書の内容を……◇
「教科書?
谷先生は泣きながらそう言い続けた。
「お国の都合とかで、数学や科学の本当の楽しさを子供達に教えないのは!
うちら大人の勝手な都合で、子供達の未来を、可能性を奪うなよ!」
◇まあまあ落ち着きたまえ◇
「お前忘れたんか?
うちとお前に科学と数学の楽しさを教えてくれた先生を……。
先生は、実験の準備で休日も返上し、
学校の方針に逆らって自分の立場を危うくしてまで、
そこまでして、うちら二人に数学の、科学の、本当の楽しさを教えてくれたやないか?」
◇恩師の先生には感謝している。
でも、それは過去だよ◇
「過去だと?」
◇とにかく、僕は少女の暴走のきっかけを作ってしまっただけなんだ。
元に戻すには、その少女に頼むしかない。
それじゃ僕は忙しいから失礼するよ◇
「コラ待て!
谷先生は
もうその人は消えた後だった。
真智は愛理栖探しを再開し辺りを見渡した。
「あ、グリ? 何してるの?」
「…………」
グリは真智の質問には何も答えず、
ただ、真剣に巨大結晶に向かい合い、
反射して映る自分の姿をじっと見つめているようだった。
そして、グリはそっと右手で直接結晶に触れた。
「キュュュュ~ン!」
突然、グリの目の前の結晶にブラックホールのような穴があき、物凄い吸引でグリをひと飲みで吸い込んでしまった。
「グ、グリ……?」
真智は、そのあまりに突然の事態に
ただ唖然として他に何も発することが出来なかった。
——————————————————
↑【登場人物】
•
•谷先生
•
•大学で物理専門の新任の若い女性講師。
•グリ
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