谷先生の素顔

真智は気が進まない自分を必死で説得しながら、

しぶしぶ借り主のいる学校へと向かう。


「真智ちゃん~?」



[真智]

(あの機材っていくらするのかな?

もしも弁償しろって言われたら、あたしの一生分のお小遣いで足りるかな?)


「真智子ちゃんってば~?

聞こえてる~?」


「ああ、四葉ちゃんか。

気がつかなくてごめんね」


「真智ちゃん今日は朝からずっと変だよ~。

心ここに在らずって感じだし~。

何か悩み事でもあるの~?」


「全然! あたしはこの通り、

元気がありあまってるから!」

あたしは四葉ちゃんに余計な心配をさせない為に

目の前でスクワットをして見せた。


「そっかな~。

ところで、今から放課後だし~、

一緒に部室行かない~?」


「ねえ、四葉ちゃん。

今日は谷先生が

部室に来る日だったかな?」


「元々は来る日だったらしいけど~、

急用が出来たから今日は部室には来られないらしいわ~。

でも~、どうして真智ちゃんは

谷先生が来るかどうか心配なの~?」


「あたし、提出遅れてる宿題のプリントがあってさ~」


「なんだ~。

そういうことね~。


ところでね~、

昨日谷先生に宙ちゃんを見てないか聞かれたんだけど~、真智ちゃんも谷先生に聞かれた~?」


「え~?

あたしは聞かれて無いよ」


「真智ちゃん朝からぼ~としてたしね~」


「教えて!

宙がどうしたの?」


「宙ちゃん昨日から学校に来てないんだよ~。

昨日の夜、ご両親から学校に電話があったらしくって~、

昨日の夕方から宙ちゃんが行方不明なんだっって~」


「それ、大変じゃん!

部活なんて行ってる場合じゃないって。

あたし達も宙の行方探そうよ!」


「私、真智ちゃんならきっとそう言うと思っていたよ~」


「じゃあ私は、宙ちゃんの家の近くの人に聴き込みをするわ~」


「わかった。

じゃあ、あたしは学校周辺の商店街で聴き込みをするね。


二時間経ったら部室に集合して、お互い結果を報告しようね」


「わかったわ~!」


こうして、真智と四葉は手分けして宙を探すことになった。



四葉と別れた後。

ついさっきまで他人ごとのように平静を装い我慢していた心臓が激しく脈打ちはじめる。

真智は生きた心地がしなかった。



『あたしのせいだ。

あたしが宙を閉じ込め、見殺しにしたんだ……』


真智は重い足取りで教室から職員室の方へ向かった。

職員室の外から、ドア越しに中を覗き込むと、

中には谷先生はいなかった。


真智は内心ほっとすると同時に、そう思う後ろ向きな自分が大嫌いだった。


真智はネガティブな想像を頭に巡らせながらゆっくりと昇降口のほうへ向かう。

その途中、空き教室から谷先生と大人の人らしき人の声が漏れてきているのがわかった。

 口調から、どうも谷先生が大人の人に責められているらしい。

真智は気付かれないように、教室の外から聞き耳をたてた。


谷先生が宙のご両親に怒られていた。

『校長を出せ』『裁判』や『責任を取って退職』など、はたから聞いているだけでも心臓が張り裂けそうになるような内容だった。


「今回の責任は全て私にあります。

申し訳ありません」


「あんた、さっきから申し訳ありませんしか言ってないじゃないか!

うちの娘がいなくなってもう二日目だって言うのに、

どうして呑気に教壇に立ってるのかって言ってるんだよ!」


「試験の前で、どうしても私が欠席する訳にはいかないんです。

でも、私が休憩の時間や家に帰った後は全力で宙さんを探します。約束します」


「あんたは、娘の命より、学校の試験のほうが大事なんだね!

勉強ばかりして世間を知らずに生きてきたから

そんな身勝手な考えができるんだな!」


「あなた興奮しすぎよ、ちょっと押さえて」


「娘を見殺しにされておいて、どうして気持ちを押さえろって言うんだよ!」


谷先生は目の下に深くくっきりとくまが出来ていて、

昨日の夜から今まで一睡もしてないことは明白だった。


「私は命に変えても絶対に宙さんを探しだします。

そして、この責任を取って学校を辞めます。

だから、私に時間をください」



「待って!!」


• • • • • •


「へ?」」」


真智の一言に、場は一瞬にして静まり返った。


谷先生が理不尽に怒られていることにたいして

真智は我慢が出来ず、間に割って入ったのだ。


「真智やないか!

今は大人の大切な話をしてるんや

今日は部活はしなくていいから早く帰り」


「嫌です!

あたし一言だけ。

どうしてもこれだけは言わせてもらいます。

谷先生は悪くない!!

だって……、だって悪いのはあたしなんですから!」

感極まって涙ぐむ真智。

意を決した真智は、

谷先生と宙のご両親の前で洗いざらい自分の心に隠していた後ろめたい事実を

吐き出した。


「真智……」


「先生は黙ってて。

宙ちゃんのことはあたしが責任を取る。

そして、絶対に宙……、娘さんを探しだします!

だから、だから谷先生を許してあげてください。

お願いします。

お願いします。

お願いします」

真智は宙のご両親の前で土下座して何度もお願いした。


「ま……ち、お前?」



「……………………」



4人だけの教室の中はしばらくし~んと重苦しい静寂に包まれた。


「なんか、これじゃ、俺達がまるで悪者みたいじゃないか。

なあ、母さん……帰ろうか?」


「……そうですね」


「今日のところは出直す。

でも、先生?

生徒から庇われたからって油断するなや。

大人なんやけ、わかるな?」


「はい」


「まったく、俺らが汗水流して働いて稼いだ税金を無駄遣いして、科学の勉強とか言ってくだらんお遊戯とか、

変な部活とかやって遊んでるからこんな事になるんや!

くっそ気分悪い。母さん、帰ろ帰ろ!」

宙のご両親は谷先生を睨みながらそう吐き捨て教室を出ていった。



緊張の糸が切れた真智は、辛くて辛くて、

悔しくて悔しくて、どんどん溢れだしてくる涙が止まらなかった。


「真智……ありがとな」

谷先生は涙を1滴も流さず、爽やかな笑顔で微笑んでいる。

こんな優しい表情の谷先生を真智は生まれて初めてみた。

いつも研究に夢中で近寄り難いオーラすら放っているあの谷先生が、

本当はすごく優しくて美人だと言うことに今さらながら気付く真智であった。


「ありがとうなんて言わないでくださいよ!

悪いのはあたしなんです!

先生、あたし……あたし、

先生の大学の大切な機械、

間違って捨ててしまいました。

宙が残ったままと知らずに、

宙を閉じ込めて見殺しにしてしまいました。

あたし、あたし、

本当に、本当にごめんなさい」

あたしは谷先生の胸の中で、延々と泣きながら謝りつづけた。


「真智、お前が責任を感じる必要はない。

これは、あの場にいた管理監督者である大人のうちの責任や。

うちこそ、真智を辛い目に遭わせてほんまごめんな」


「そんな事無いですよ!

あたしの親も、宙の両親も、

わたしがどんなに説明してもわたしの気持ちなんて理解してもらえないのに、

谷先生はどうしてそうまでして、自分だけを悪者にして責任をかぶって、あたしを守ってくれるんですか?

諸悪の原因のあたしを許すなんてそんなのズルいですよ!

あたしを叱ってくださいよ!

そのほうがあたしは楽になりますから!」


「理由を知りたいか?」


「教えてください!」


「それはな真智、

うちがお前に理解者って思われているようにな、

うちにとってもお前がな、

うちが心の底から大切に思って生きてきた少数派(マイナー)な人生観を理解してくれるかけがえのない理解者(なかま)だからだよ」


「谷先生~」


「だから、真智。VR機材の事はいい。

大学のラボラトリーで寝たきりの宙の意識は

二人で絶対取り戻そうな!」


「はい!」


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【登場人物】

真智まち

•四葉

•谷先生

•宙の両親

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